2015年に出版されたマックス・ポーターのデビュー作となる『Grief is the Thing with Feathers』(悲しみは羽根をまとって、桑原洋子訳、早川書房、2026年)は、喪失という普遍的なテーマを、独創的な手法で描いた作品である。突然の死によって妻であり母である存在を失った家族のもとに現れた、カラスを巡る物語が展開される。
物語は、亡くなった母を慕う二人の息子たち、詩人のテッド・ヒューズ研究者である父親、そして彼らの前に突如として現れた“カラス”の三者の視点から語られる。母親の死という耐え難い悲しみに直面した幼い兄弟と、未来への空虚感を抱く父親の絶望の淵に、カラスは介入者、トリックスター、癒し手、そしてベビーシッターとして姿を現す。この不思議な鳥は、悲しみに暮れる三人の生活に深く関わっていく。
カラスは、テッド・ヒューズの詩集『Crow: From the Life and Songs of Crow』(クロウ 鳥の生活と歌から)に登場するカラスからインスピレーションを得ており、グロテスクでありながら神のような存在として描かれるヒューズのカラスに対し、ポーターのカラスはより自嘲的で、どこか人間味を帯びた存在として描かれる。彼は悲しみの具現化であり、遺族の苦悩を傍観するだけでなく、積極的に彼らの感情に干渉し、時には辛辣な言葉を浴びせながらも、喪失と再生の過程を促していく。読者は、この奇妙な生き物を通して、悲しみの多面性、つまり、その痛みや混乱、そして時にはユーモアさえも内包する複雑な感情を体験することになる。
この作品は、単なる悲嘆の物語にとどまらない。家族の絆、記憶の力、そして喪失からの回復の物語でもある。カラスとの奇妙な共同生活を通して、父親と息子たちはそれぞれの悲しみと向き合い、新たな関係性を築き上げていく。物語が進むにつれて、物理的な痛みが記憶へと変化していくように、親子はゆっくりと癒しに向かって歩み始める。
ポーターは作品の形式と執筆の背景について、本作は散文、詩、戯曲のような要素を組み合わせたハイブリッドな形式であると述べている。これは従来の小説の形式にとらわれず、音楽、落書き、コラージュ、演劇といった多様な表現方法を取り入れた結果だと述べている。彼は編集者としての経験を踏まえ、物語のルールを知った上で、あえてそれを破る試みだったようである。当時、仕事と育児に追われる中で創造的なアウトプットが不足していたことが、この作品を生み出す動機の一つになったと語っている。
『Grief is the Thing with Feathers』は発表以来、数々の賞を受賞し、高い評価を得ている。本作は2019年に同名の舞台劇にもなっており、キリアン・マーフィーが父親役の演技によりアイリッシュ・タイムズ演劇賞の最優秀男優賞を受賞している。さらに2025年には『The Thing with Feathers』として映画化され、ベネディクト・カンバーバッチが主演を務めている。映画は2025年1月のサンダンス映画祭でプレミア上映され、11月28日よりイギリスで上映されている。(下記の予告編を参照)
マックス・ポーターは1981年生まれのイギリス人作家。作家活動に入る前は、書店員としてキャリアをスタートさせ、ダウント・ブックスのチェルシー支店長を務め、2009年にはブックスセラー・オブ・ザ・イヤー賞を受賞している。その後、2019年までグランタ・ブックスで編集長を務め、エレノア・キャトンの『ルミナリーズ』やハン・ガンの『菜食主義者』といった数々の受賞作の編集に携わった。グランタ在籍中には、マーク・オコネルやサラ・モスなどの作家を担当している。
ポーターは、『Grief is the Thing with Feathers』の他に、『Lanny』(2019年)、『The Death of Francis Bacon』(2021年)、『Shy』(2023年)といった小説を発表しており、いずれも高い評価を得ている。また、短編小説、詩、ノンフィクション、戯曲など、多岐にわたるジャンルで執筆活動を行っている。
『Grief is the Thing with Feathers』は、悲しみという普遍的な経験を、斬新な手法で描き出した傑作であると言えるだろう。マックス・ポーターの詩的な言葉と独創的な語り口は、喪失の痛みと、そこから立ち直ろうとする人々の強さを鮮やかに描き出している。舞台や映画、さらにデュア・リパのブッククラブでも取り上げられるなど、今年再び脚光を浴びる作品になりそうだ。
※2026年2月18日に早川書房より『悲しみは羽根をまとって』という邦題で刊行されます
参考資料:
▼映画予告編
▼デュア・リパとマックス・ポーターの対談
Grief Is the Thing with Feathers by Max Porter review – words take flight | Fiction | The Guardian