2024年9月に刊行されたエリザベス・ストラウトの最新作『Tell Me Everything』は、メイン州の小さな町クロスビーを舞台に、過去の作品で愛されてきた登場人物たちの人生が再び交錯する物語だ。
65歳になる弁護士のボブ・バージェスは、自身の人生に特筆すべき出来事など何もないと考えている。秋のメイン州で、ボブは孤独な男が母親殺しの罪で告発された事件に巻き込まれる。同時に、彼は近所に住む作家のルーシー・バートンとの間に静かな友情を育んでいく。海辺の家で元夫のウィリアムと暮らすルーシーとボブは、散歩をしながら互いの人生、恐れ、後悔、そして「ありえたかもしれないこと」について語り合う。
一方、ルーシーは町の郊外のリタイアメントコミュニティ(高齢者が集まって暮らす住宅地)に住む、オリーヴ・キタリッジと知り合う。オリーヴのアパートメントで共に過ごす午後、二人は互いに物語を語り合う。それは、オリーヴが「記録されない人生」と呼ぶ、身近な人々の記憶を呼び覚ます物語だ。
本作には、殺人事件というミステリーの要素も存在する。しかし、ストラウト自身はそれは物語の主軸ではなく、人間という存在を深く掘り下げるための触媒に過ぎないと語る。事件を通して、登場人物たちはそれぞれの過去や現在と向き合い、愛、喪失、そして人生の意味について思索を深めていく。
『Tell Me Everything』の魅力は、ストラウトの卓越した人物描写にある。彼女は、何気ない会話や細やかな行動を通して、登場人物たちの内面を鮮やかに描き出す。例えば、ボブが時折見せる謙虚さや優しさ、ルーシーが抱える過去の傷や繊細さ、そして年齢を重ねてもなお率直で強いオリーヴの存在感は、読者の心に深く刻まれる。
ストラウトは、日常の中に潜むドラマを描いている。彼女の描く世界では、派手な出来事は起こらないかもしれないが、日々の小さな出来事、他者との些細な触れ合いの中に、人生の喜びや悲しみ、そして人間としての普遍的な感情が凝縮されている。登場人物たちが語る「記録されない人生」の物語は、読者の人生にも通じる普遍的な感情や経験を映し出している。
既に述べたように、本作ではストラウトの過去作品に登場した人物が再び描かれている。その人数は23人に上り、豊かな個性とそれぞれの人生が交錯する展開は、長年の読者にとっては感慨深いはずだ。とはいえ、これまでの人間関係を十分に把握しながら読み進めるのは簡単ではない。オプラ・ウィンフリーのブッククラブのウェブサイトでは、2024年9月に本作を課題図書として選定したタイミングで、「エリザベス・ストラウト・ユニバースを解説する」という題で人物相関図を掲載し、併せて過去作に誰が登場しているかをわかりやすいチャートで視覚化している。読者にとっては今回の作品でユニバースの大団円を迎えた印象を受けるが、著者いわく「もう特定のキャラクターについて書くつもりはないと思っていたのに、いつもそうなるんだから」と話していることからすると、さらなる続編に微かな期待を残していると言えるだろう。
著者のエリザベス・ストラウトは、メイン州で育ち、現在は主にそこで暮らしている。彼女は長年にわたり人々の生活や感情に深い関心を抱き、それが彼女の作品の源泉となっている。1998年のデビュー作『目覚めの季節 エイミーとイザベル』以来、『オリーヴ・キタリッジの生活』(2009年ピューリッツァー賞受賞)、『バージェス家の出来事』(2013年)、『私の名前はルーシー・バトン』(2016年)など、数々のベストセラー小説を発表してきた。彼女の作品は、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストの常連であり、国内外で高い評価を得ている。『オリーヴ・キタリッジの生活』は2014年にHBOで全4話のドラマ化されており、主人公を名俳優フランシス・マクドーマンドが演じている。
『Tell Me Everything』は、エリザベス・ストラウトの文学的才能が結実した作品と言える。殺人事件という要素を抱えながらも、その本質は人間関係の複雑さ、孤独と繋がり、そして何よりも、語られることのない人々の人生の美しさを描いた物語だ。クロスビーの住人たちの人生を垣間見ることで、読者は自分自身の人生や、身近な人々の物語にも、新たな光を当てるきっかけになるだろう。
参考資料:
In conversation with Elizabeth Strout - Women's Prize : Women's Prize