2025年4月に英語版が刊行されたバヌ・ムシュタク著、ディーパ・バスティ訳『Heart Lamp: Selected Stories』は、1990年から2023年の間にカンナダ語で発表された12の短編が収録されている。ムシュタクの作品としては、これが初の英語による書籍化であり、2025年の国際ブッカー賞の最終候補作に選ばれ、その後受賞という快挙を成し遂げた。
本書は、インド南部のムスリム共同体に生きる女性や少女たちの日常を精緻に描いている。家族や地域社会における緊張関係を浮き彫りにし、社会の周縁に位置づけられるムスリムやダリットの女性や子どもたちの生活に光を当てている。ムシュタクの英語での初作品集として、感情的かつ倫理的な重みを備えた鮮やかな物語として高く評価されている。
ムシュタクの文筆活動には、ジャーナリストおよび弁護士としての経歴、さらには女性の権利を擁護し、カーストや宗教的抑圧に抗議し続けてきた長年の闘いが深く影響を与えている。彼女は1970年代から1980年代にかけて、インド南西部の進歩的抗議文学運動であるバンダヤ・サーヒティヤに参加し、同運動に属した数少ない女性の一人であった。現在ではカルナータカ州を代表する進歩的作家の一人と見なされている。
『Heart Lamp』の中心的な主題は、家父長制と社会的周縁化に対する抵抗である。物語に登場する女性たちは、宗教的保守主義や男性中心的な社会構造によって押し付けられた境界の中で生き抜き、交渉し、時には静かに反抗する。その抵抗は、声高なものではなく、個人的で日常に根ざしたものであり、小さな自律的行動を通じて表現される。ムシュタクの描く登場人物たちは、哀れみを求めるのではなく、自らの存在を認識されることを願い、希少な「主体性」を確保しようとする。物語は、宗教的権威や経済的階層が登場人物の社会的状況や内面にいかに影響を及ぼしているかを明らかにし、宗教的権威がしばしば女性に対する抑圧の道具として使われる様を描いている。また、本書では世代間のトラウマや、女性の人生を破壊し、その苦悩を継承させる社会的規範や期待の力も描かれている。
『シャイスタ・マハルの石段』(Stone Steps for Shaista Mahal)は本作品集の冒頭に収められた短編である。ある女性が「夫」を意味するさまざまな言葉を思い返しながら、都市環境に息苦しさを感じている様子が描かれている。結婚、死、出産といったテーマを扱った日常の一断面であり、家族が中心的な役割を果たす。『火の雨』(Fire Rain)は喜劇として描かれている。物語は、ムスリムの遺体がヒンドゥー教の墓地に埋葬されてしまった問題に取り組むため、あるマウルヴィが地域の活動に乗り出す様子を描く。彼は実際には妹から遺産の分け前を要求される事態を避けるためにこの活動を利用している。物語は予想外の結末を迎え、読者に笑いをもたらす。『黒いコブラたち』(Black Cobras)は、この短編小説を原作とするカンナダ語映画『Hasina』(2004年)がインドのナショナル・フィルム・アワードを受賞している。物語では娘しか生まれないことによって女性が不利な立場に置かれる様子が描かれ、女性たちが微かな権力を用いて正義を求めようとする姿が浮き彫りになる。また、子どもの死後に宗教指導者の怠慢に直面する女性たちが団結して抗議する様子も描かれる。中には夫の意思に反して医療措置(不妊手術)を選ぶ女性も登場し、これは日常の中で実行される抵抗として描かれている。
『心の決断』(A Decision of the Heart)では、嫉妬深い妻、聖女のような未亡人の姑、その間に挟まれた男性が登場し、女性がいかに社会的に不安定な立場に置かれているかが示される。物語には、夫が「タラーク(離婚)」を検討する場面や、妻の兄弟たちの暴力的反応への恐れも描かれている。『赤いルンギ』(Red Lungi)は、割礼儀式を控えた少年たちの恐怖を、陽気で会話的な文体で描いた作品である。物語では、ラズィアという女性が夏休みに多くの子どもたちを世話する様子が描かれ、麻酔なしで集団的に行われる貧困層の割礼儀式とその周辺の習慣がテーマとなっている。『ハート・ランプ』は表題作であり、灯油をかぶって自殺を試みようとするメフルーンが、思春期の娘と乳児によって思いとどまる場面で幕を閉じる。夫に捨てられ、五人の子どもを抱えながら家族にも助けを求められなかった女性が、生きる希望を失いかける姿を描く。愛のない虐待的な結婚生活と、それに沈黙を強いる社会規範が女性に与える痛みが克明に表現されている。『ハイヒールの靴』(High Heeled Shoe)は、サウジアラビアから帰郷した兄とその家族を中心にした物語であり、靴を通じて社会的力学が描かれる。妊娠五ヶ月にもかかわらず、夫が彼女の病状を顧みず兄との口論に夢中になっている様子や、アスィファという女性が強制的に履かされるビーズ付きの美しいハイヒールの描写が含まれている。『天国の味』は、幼くして未亡人となり苦労の人生を歩んだ高齢女性ビー・ダーディが主人公である。彼女の人生は、ペプシを飲むというささやかな喜びによって明るさを取り戻す。礼拝マットが汚されたことによって一種の妄想状態に陥った彼女は、ペプシを天国の水(アーブ・エ・カウサル)と勘違いする。これに対し、少女が天女に扮して彼女の幻想を満たす場面も描かれる。『カファン(死装束)』は、メッカ巡礼とカファンの文化的意義を扱った物語である。裕福で傲慢な女性シャズィヤは、巡礼の際に貧しい知人にカファンを持ち帰るという約束を忘れ、その約束が後に彼女を苦しめる。一方、ヤスィーン・ブアという貧しい女性は、夫に見捨てられた後、長年にわたりカファンのための資金を蓄えていた。貧困と階級差が女性の周縁化を加速させるという主題が表現されている。
これらの短編はいずれも、家族や地域社会における緊張を描き出すと同時に、ムスリムおよびダリットの女性や少女たちの内面と生活を照らし出すものである。
本書は、ムスリム共同体の内部から、主に女性の視点で描かれた稀有な文学作品として高く評価されている。いくつかの物語にテーマや展開の類似性が指摘されることもあるが、全体としては、カルナータカ州のムスリム女性や少女たちの複雑な人生を描き出す力強い作品群であり、内面世界を鮮やかに照らし出す点で高い文学的価値を有している。ムシュタクはインド国内で数々の文学賞を受賞している一方で、保守派からの非難にもさらされてきた。ファトワを受けたこともあり、刺傷事件にも巻き込まれ、夫に離婚を迫る圧力すら受けたが、彼女は「作家であることは闘う者であることでもある」と語り、ムスリム女性が自らの力で闘うことができるとの信念を表明している。
ムシュタクは、6つの短編小説集、小説1冊、エッセイ集1冊、詩集1冊を出版している。彼女はカンナダ語で執筆し、カルナータカ・サヒチャ・アカデミー賞やダーナ・チンタマニ・アッティマンベ賞など、数々の主要な文学賞を受賞している。彼女の作品は以前にもウルドゥー語、ヒンディー語、タミル語、マラヤーラム語に翻訳されているが、『Heart Lamp: Selected Stories』は、彼女の作品としては初めての英語での書籍翻訳である。
ディーパ・バスティは、南インド、コダグを拠点とする作家であり文学翻訳者である。彼女はカンナダ語から英語への翻訳を主に行い、エッセイや文化批評も発表している。彼女の出版されたカンダナ語から英語への翻訳作品には、コーター・シヴァラーマ・カラーントによる小説『The Same Village, The Same Tree』や、コダギナ・ゴウランマによる短編集『Fate's Game and Other Stories』がある。バーヌ・ムシュタクの物語の翻訳は、English PENのPEN Translates賞を受賞し、『Heart Lamp』としてまとめられ、2025年の国際ブッカー賞を受賞した。バースティのコラム、エッセイ、文化批評は、インド国内外で発表されている。
本書の原語であるカンナダ語は、インド南西部のカルナータカ州で主に話されている言語である。Wikipediaによると約4400万人のネイティブスピーカーに加え、1500万人が第二言語または第三言語として使用しているとのことである。
2025年5月21日追記:2025国際ブッカー賞はバヌ・ムシュタク著,ディーパ・バスティ訳『Heart Lamp』が受賞しました。それに合わせて本記事を大幅に加筆・修正しています。

参考記事:
Heart Lamp: Winner of the International Booker Prize 2025 | The Booker Prizes
Banu Mushtaq interview: ‘Muslim women are capable of fighting their own battles’