2024年10月に発売されたマイケル・モリスの**『Tribal: How the Cultural Instincts That Divide Us Can Help Bring Us Together』**(日本語意訳:『トライバル──私たちを分断する文化的本能が結束を生むとき』)は、「部族主義(tribalism)」という現象を心理学、行動科学、歴史、文化人類学などの視点から分析し、その多面的な役割を解き明かした意欲作である。一般に、部族主義は分断や対立の要因として語られることが多いが、本書はその負の側面にとどまらず、協調や団結、文化の進化を促す力としての側面にも光を当てている。
著者のモリスは、コロンビア大学ビジネススクールの教授で、行動科学を専門とする心理学者である。長年にわたり文化が人々の思考や行動に与える影響を研究しており、本書では部族主義が「人間の社会的本能」として果たす役割を解明している。
本書の中心概念である「部族主義(tribalism)」は、単に「部族的な特徴」を指すのではなく、「特定の集団への強い帰属意識や忠誠心」を意味する。文脈によっては「集団意識」「仲間意識」「派閥意識」と訳した方が適切な場合もあり、日本語では単一の訳語に固定しにくい概念である。
モリスは、部族主義を支える三つの主要な本能として、同調本能、英雄本能、祖先本能を挙げている。
• 同調本能:周囲の人々の行動を模倣し、同調することで集団内の協調を促進する。
• 英雄本能:リーダーや成功者を称賛し、その行動や価値観を模倣しようとする本能で、集団の目標達成を促す。
これらの本能は必ずしも合理的ではないが、人間の社会的行動を形成し、文化の進化を支えてきた。モリスは、これらの本能を理解し適切に管理することで、組織や社会における協調を促し、対立を緩和できると主張する。
部族主義の負の側面を克服するためには、他集団への正確な理解とステレオタイプの回避、対立する集団間の共通価値の重視、儀式や象徴の慎重な管理、論理的議論の促進が重要だと著者は指摘する。特に、「文化の可変性」という考え方が鍵となる。モリスは、文化は固定されたものではなく、意図的なリーダーシップや象徴的な行動によって変化させることができると述べている。そのためには、人々の行動や認識にポジティブな変化をもたらす「儀式」や「シンボル」を適切に活用することが求められる。
また、本書は韓国サッカーチーム、コダック、マイクロソフト、バンク・オブ・アメリカなどの具体例を通じて、部族主義の普遍性とその応用可能性を示している。適切に活用すれば、個人や組織、さらには社会全体の変革を促す強力な要素となることが分かる。
本書の出版のタイミングで著者はのいくつかの配信番組やポッドキャストにゲスト出演している。彼はその中でトランプ政権に関する分析を披露している。モリスは、トランプ政権の誕生がアメリカ社会の分断を深刻化させたとし、これを「有毒な部族主義」と呼んでいる。この分断は単なる政治的対立ではなく、文化的アイデンティティや価値観の衝突に根ざしているという。彼は、トランプ支持者と反対者の双方が相手を「完全に間違っている」と見なす傾向を指摘しつつ、部族主義が結束の原動力にもなり得ることを強調する。
『Tribal』の意義は、部族主義という複雑な概念を平易な言葉で解説し、その本質的な理解を促す点にある。 従来、部族主義は分断や対立の要因と見なされがちだったが、本書はその社会的な役割を多角的に捉え、協調や変革の可能性を提示している。特に、組織のリーダーや変革を志す人々にとって、本書は実践的な示唆を与える。部族主義の力を理解し、適切に管理することで、より協調的で生産的な社会を築くことができるという視点は、多くの読者にとって示唆に富むものとなるだろう。