2024年7月に発売されたエチオピア系アメリカ人作家のディナウ・メンゲストゥによる『Someone Like Us』は、アメリカにおける移民の経験を掘り下げた小説である。
主人公はパリに住むジャーナリスト、マムッシュである。彼はかつては有望なキャリアを持っていたが、今は結婚生活が崩壊寸前であり、仕事にも行き詰まっている。彼は幼少期を過ごしたワシントンD.C.郊外のエチオピア移民コミュニティに戻ってくる。そこには厳格な母親と、父親的存在である陽気なサミュエルが住んでいた。しかしマムッシュが到着したその日に、サミュエルはガレージで遺体となって発見される。その死の真相は謎に包まれており、マムッシュはサミュエルの人生と死をめぐる未解決の謎と、自身の葛藤に満ちた記憶に向き合うことになる。
本書では、移民が経験する疎外感や喪失感が巧みに描かれている。マムッシュは自分がどこにも属していないと感じており、過去と現在の間を行き来しながら、自分のアイデンティティを探し求める。生前のサミュエルは、移民としてアメリカで人種差別的な虐待を受け、薬物やアルコール依存の問題を抱え、投獄も経験した。それでも彼は社交的で夢想家であり、周囲の人々を結びつけようとする存在だった。
著者のメンゲストゥは、2歳の時にエチオピアからアメリカに移住し、異なる文化の間で育った経験を持っている。この経験は小説の主人公であるマムッシュや、サミュエルの心情と葛藤に色濃く反映されている。彼らは故郷と移住先のどちらにも完全には属せない疎外感、自身のアイデンティティに対する葛藤、そして新しい環境での人種差別や偏見に苦しんでいる。メンゲストゥ自身の経験が、登場人物たちの心情描写に深みとリアリティを与えているのだ。
本書の特徴的な点は、その語りの手法にある。語り手は客観的な真実を伝える存在ではなく、登場人物たちの主観的な視点を通して物語を展開する。読者はそれぞれの登場人物の視点や解釈を通して、真実に少しずつ近づいていくことになる。サミュエルの死の真相は明かされず、読者はさまざまな登場人物の証言や回想を通して、自ら真実をつなぎ合わせなければならない。これはメンゲストゥが、真実とは一つの視点から捉えることができるものではなく、複数の視点から多角的に見ることでより深く理解できるものだと考えていることを示唆している。
また、ワシントンD.C.郊外のエチオピア人コミュニティの描写も印象的である。コミュニティ内では、エチオピアの文化や言語が大切に守られ、移民たちは互いに支え合って生活している。しかし同時に、世代間の価値観の違いや、文化的・言語的なギャップも存在し、それが登場人物たちの新たな葛藤を生み出す要因となっている。
『Someone Like Us』は、ミステリーの要素を巧みに取り入れながら、移民の経験という複雑なテーマを多層的に描き出すことに成功している。アイデンティティの流動性、文化的な葛藤、そして人間関係の機微を丹念に描くことで、現代社会における移民の経験を深い洞察とともに読者に伝えているのである。