2024年6月4日に発売されたエッシー・チェンバーズの『Swift River』は、アメリカの大手書店チェーンであるバーンズ&ノーブルによる2024年ディスカバー賞を受賞した作品である。本作は、歴史的に人種差別が根深いニューイングランドの架空の小さな町「スウィフト・リバー」を舞台に展開する物語である。
舞台は1987年の夏。主人公はスウィフト・リバーに住む16歳の少女ダイアモンド・ニューベリーである。彼女は黒人の父と白人の母を持つが、父ロビーは1980年に失踪しており、その際には彼のスニーカーだけが川辺で見つかり、原因や行方は不明のままであった。しかし7年が経過し、母アナベルは生活に不可欠な生命保険金を受け取るため、ロビーを法的に死亡宣告しようとする。
一方、ダイアモンドは父のいとこから手紙を受け取る。その中には、家族の歴史や、20世紀初頭にスウィフト・リバーから黒人労働者が集団で逃亡した「The Leaving」と呼ばれる事件についての情報が記されていた。この手紙をきっかけに、彼女は自分の知らなかった家族の秘密や、スウィフト・リバーの隠された過去に触れることになる。
物語は1987年のダイアモンドの視点と、1980年以前の彼女の子供時代の回想、さらに1915年頃の先祖たちの物語が交錯する構成で展開する。ダイアモンドは新たな友人を得たり、父方の親戚と交流する中で、自らのアイデンティティを模索し成長していく。
物語の鍵を握るのは、1915年にスウィフト・リバーで発生した黒人労働者の逃亡事件である。この事件は、スウィフト・リバーが「サンダウン・タウン」であり、黒人住民への人種差別がいかに深刻であったかを象徴している。「サンダウン・タウン」とは、法律や条例、暴力などによって、黒人や他のマイノリティが日没後に滞在することを禁止された町のことを指す。多くの町では、「黒人は日没後立ち入り禁止」といった標語が掲げられていた。しかし、家事使用人など町にとって重要な役割を担う黒人には、例外的に滞在が許される場合もあった。これは、黒人を排除しつつも、労働力として必要な存在を認めざるを得ないという、当時の白人社会の差別的な意識を反映していると言える。
ダイアモンドの祖先であるクララも、「The Leaving」の際に妹と共に町からの逃亡を試みたが、離れ離れになり、町にとどまることを余儀なくされた。ダイアモンドは手紙を通じてスウィフト・リバーの歴史、ひいては自身の境遇への理解を深めていくのである。
著者エッシー・チェンバーズは、本書を執筆するにあたり、自身が経験した「異質であること」という感覚を表現したいと考えていたという。彼女もまた白人社会で育った有色人種として疎外感を感じており、その経験がダイアモンドというキャラクターの創造に繋がった。また、チェンバーズは父方の家族の歴史を調べる中でサンダウン・タウンの存在を知り、当初はアメリカ南部特有の現象と考えていたが、ジェームズ・ローエンの著書『Sundown Towns: A Hidden Dimension of American Racism』を通じ、北部や中西部、さらには彼女の故郷マサチューセッツ州にも同様の町が多く存在することを知り、衝撃を受けた。この発見は物語の世界観を広げ、差別的な社会構造の中で黒人がいかに搾取され、不当な扱いを受けてきたかというテーマを深化させることとなった。
『Swift River』は、架空の町を舞台にしながらも、サンダウン・タウンという歴史的事実を題材に、人種差別、疎外感、アイデンティティという普遍的なテーマを際立たせ、読者に深い問いを投げかけている。