2023年9月19日に発売されたジェイン・アン・フィリップスの小説『Night Watch』は、南北戦争直後のウェストバージニア州を舞台に、戦争が残した深い傷跡と人々がどのように向き合っていくかを鮮やかに描いた作品であり、2024年ピューリッツァー賞フィクション部門を受賞している。
物語の主人公は12歳の少女コナリーである。彼女は母親エリザと共に、戦争で荒廃した世界を旅した末、ウェストバージニア州にあるトランス・アレゲーニー精神病院にたどり着く。エリザは一年以上も口をきいておらず、コナリーが家族の中で大人の役割を担っている。
精神病院に到着した2人は、ナイト・ウォッチと呼ばれる謎めいた男に出会う。ナイト・ウォッチは病院で夜間勤務の職員であり、戦争で顔に傷を負い、左目を眼帯で覆っている。彼はコナリーに対して保護者的な存在となり、母親には優しく接する。特に精神的に不安定な母親を気遣い、コナリーを安心させるその姿は、混乱と不安に満ちた世界における癒しと保護の象徴といえるだろう。コナリーは、母親の世話をしながら自身の過去と向き合い、成長していく。
母娘が暮らす精神病院では、トーマス・ストーリー・カークブライド医師が提唱したモラル・トリートメントと呼ばれる、当時としては画期的な治療法が採用されている。これは患者を人道的に扱い、労働やレクリエーション、芸術を通じて精神の安定を図るというものだった。
コナリーとエリザは、戦争によって物理的にも精神的にも引き裂かれた家族の象徴である。コナリーは幼いながらも母親の世話をし、エリザはトラウマによって沈黙している。2人は精神病院という新たな環境で互いの絆を修復し、新たな家族の形を見出そうとする。
著者ジェイン・アン・フィリップスは、『Night Watch』の執筆に際し、登場人物の視点、時間の流れ、史実とフィクションのバランスにこだわっている。12歳の少女の視点を通して、南北戦争後の混乱や精神病院という特殊な環境を描くことに挑戦している。コナリーは幼いながらも、精神を病んだ母親を支え、大人の役割を担わなければならない。フィリップスは、コナリーの無邪気さ、残酷さ、そして強い責任感を描き出し、読者が彼女に感情移入しやすい物語を作り上げている。
本作は、1874年の舞台に加え、1864年の場面が挿入されるなど、時間を行き来する構成となっている。時間の流れはコナリーの視点と密接に関係しており、彼女が過去の出来事や登場人物たちの秘密を知ることで成長していく様子が描かれる。フィリップスは時間を巧みに操ることで、物語に深みと複雑さを与え、読者を引き込む展開を生み出している。
さらに著者は、南北戦争や当時の精神病院に関する徹底的な調査を行っている。「モラル・トリートメント」や、当時の精神病院の建築様式、患者の治療法など、史実に基づいた描写を盛り込むことで、リアリティのある世界観を構築している。しかし歴史的事実に依存するだけでなく、コナリーとエリザの物語、そして他の登場人物たちの背景や人間関係をフィクションとして織り交ぜ、独自の物語を生み出している。
『Night Watch』は、南北戦争が兵士だけでなく民間人にもたらした苦しみを鮮明に描いている。登場人物たちは、それぞれ戦争やその後の混乱、社会の変化の中で、自身のトラウマや喪失感、希望と向き合っている。このように本作を通してフィリップスは、歴史的なディテール、複雑な人間描写、そして魅力的な物語を織り交ぜ、アメリカの過去の暗く忘れられた時代を感動的に描いている。邦訳が出るのを楽しみにしたい。