充実した設備のおかげで快適に過ごせたキャンプ場。
目覚めると顔を洗ってまずは例の朝食。

鮮度が高過ぎてゆで卵にすると薄皮がくっつきまくって決して綺麗に剥けない産みたて卵。
弱火でじ〜っくりと焼いて

事前に軽く炒めた野菜とベーコンを乗せたら


ほんの少しだけお醤油を垂らして頂くのがワタシ流。

洗い物を終えるとテントの撤収を始める。

テントの下に敷いていたシートの裏は濡れて砂だらけ。軽く乾かす事で砂の落ちが良くなる。

歯を磨く、トイレを済ませる、管理棟の横に行っては一服、写真を撮る、コーヒーを入れる...
撤収作業の合間に色々と挟みながらwのんびりやる片付け作業。決して時間に追われず気長にかつ丁寧にやりつつ片付け作業を楽しむ。1時間もあれば終わるので焦る必要な無い。こうして撤収作業を終えキャンプ場を後にする。そう言えば外人さんいなかったなぁ〜(管理人もいません)。
さて、下山中にあるのでついでに妻籠宿も行ってみよう!と中央駐車場に入る(¥500)。


真面目な私はキチンと右の橋を渡るのだけど、ほとんどの観光客は左側を渡っていた。何故か?笑




と、ここでキャンプ場に居た外人発見!向こうも気づいたので軽く挨拶しつつしばらく一緒に散策。と言うか、ここまで歩いて来たって事は私より一足早くキャンプ場を出ていた?そこから歩いて?

と言う事を適当に話していたらw、奈良井宿も行ったよ〜、ずっと歩いて来てるんだよ〜と楽しそうに言ってくる。よくよく聞いて見ると3ヶ月かけて日本中を歩いて回っているそうで、出発点は四国だと言っていた。それから日本の旅には満面の笑みでとっても満足!!しているとも。いやー良い笑顔&色んな人がいるもんだ!
妻籠宿
奈良井宿同様、江戸と京を結ぶ中山道にある宿場町。山深い木曽路を通る事から木曽街道とも呼ばれた。明治になり鉄道や道路が作られると宿場町としての機能は失われ衰退の一途をたどるも、昭和40年代になり集落保存と景観が修復、妻籠宿の街並みが見直されます。妻籠の人たちは街並みを守るために家や土地を「売らない、貸さない、壊さない」を中心とする住民憲章を作りここで生活をしながら江戸時代の街並みという貴重な財産を後世に伝えている。→町並み保存の原点!
ここにも生活者がいて文化財の保存と生活が共生している。

厩の保存と生活者によるちょっとした植栽のバランスが和むなぁ〜。


次は日本で最初に宿場町保存事業が行われた寺下地区にある上嵯峨屋。この内部は妻籠宿における庶民の住居を代表する間取り(今で言う賃貸物件?)だそうな。

入り口にお茶する場所。

奥にリビング

土間を挟んで寝室?手前でまずは履き物をって感じ?何かしらの作業場か?農作業や内職的な仕事や作業が当たり前で、木造建築の中でかまどにて火を使う(奥に炊事場)となると家の中に土足の場所があるのが普通だった昔の暮らし。仕事は家の外、ガスや上下水道が普及すると自然に無くなったんだろうな。バイカーならここにバイク停めたいよね?笑


基本誰もいないのもまた良い(店主不在)。笑

午前中+平日なので?人が少ないのも良かったな。
こうしてのんびり散策の後、再び北上して諏訪市へ。帰路は下道予定なので権兵衛トンネルを使って山越え→諏訪市から甲州街道に入って甲府まで。勿論!途中にある道の駅は全て制覇。特に良かったのは「道の駅はくしゅう」であった。




甲府から中央道に乗って帰路へ。

帰路の走行距離は300キロ程度で普段の仕事で1日に走る距離。だが車が良いので全く疲れない&お尻も腰も全く痛くならなかった。JPNタクシー、もっと考えてや!笑

3日間の走行距離は908.7キロであった。
今回のキャンプ、どちらもそこそこの標高があった割には寝袋を出す必要が無いほど深夜まで蒸し暑かった。深夜2時過ぎになってようやく涼しくなり朝方はちょっと肌寒い感じ。両日とも無風状態だったと言うのもあるけども、これが7月とか8月だともっと厳しい暑さとの戦いが待っている訳で、そう考えると9月は「少し活動すると少し汗ばむ状態」って事で夏のキャンプとしてはかなり快適&お勧めです!!
JPNタクシーどんだけ!!と思った方はこちら↓↓↓🙇