※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。
作品名:君たちはどう生きるか (映画 2023年)
評価:★3(★★★☆☆)
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2025年5月、金曜ロードショーで宮崎駿の最新作「君たちはどう生きるか」が放送していたので、2023年に劇場で鑑賞して以来、久しぶりに見てみた。
劇場で鑑賞したときもつまらないと思ったが、それから2年経って改めて見てみて、やはりこの作品はどうしようもなくつまらない駄作だと再確認した。
何が何のメタファーなのかいろんな見方ができるだろうが、私の解釈は「本を読みすぎて頭がおかしくなってしまった」大叔父がパヤオで、パヤオが異空間で美しく理想の世界を創造していて、眞人に「俺の後を継いでくれ」と言うが眞人はそれを断り、汚れた現実世界に帰って行く、そんな話と解釈した。あまりにも個人的な話すぎて観客としては「で?」としか言えないが、後半の異世界があまりにも無機質で寂しい描写で、ストーリーもないため高熱の時に延々と見る悪夢のようで、それがパヤオの心境を表しているのだとしたらちょっと心配にはなる。
パヤオはこのアニメを作っていて楽しかったのだろうか?あるいは、作っている最中は(密着ドキュメンタリーでパヤオがいつも言っているように)「ひたすら面倒臭い。苦痛だ」だったとしても、作り上げた後にやり遂げた幸福感みたいなものを感じることはできたのだろうか?
パヤオは2013年の「風立ちぬ」の試写会の上映後の挨拶で、感極まって涙しながら「自分の映画を観て泣いたのは初めてです」と語った。今回の「君たちはどう生きるか」でも、米津玄師がED主題歌「地球儀」をパヤオに初めて聴かせたときに「涙を流してくれた」という。
2つの映画の内容からの勝手な推測だが、私はこの2つの涙の意味は異なると思っている。
前者はアニメ製作に捧げた自分の人生を「やり遂げた幸福感」「清々しい疲労感」とともに振り返る涙、後者は自分の他に誰もいない無機質な部屋に閉じ込められてアニメを作り続ける絶望感から出た涙だ。
パヤオは、もう自分の生きる実感と自分の作るアニメとが完全に分断してしまっているのではなかろうか。だから作品もつまらない。
パヤオは常々、「トトロのアニメを見てばかり見ていないで、外に出なさい」とか「自分自身の経験が乏しいやつには良い絵が描けない」と言っていた。今こそパヤオはかつての自分の言葉に従って、「いつまでも空虚なアニメばかり作っていないで、自分の人生に戻れ」。
「君たちはどう生きるか」なんて、自分の生き方に迷っている老人に言われたくない。