※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。
作品名:英傑の日本史(坂本龍馬編)/井沢元彦 (本 2010)
評価:★4(★★★★☆)
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漫画「龍馬がゆく」を読み、背景をより深く理解するために読んでみた。私はもともと日本史に詳しくなく、特に幕末史は難易度が高すぎて苦手意識があったのだが、この本を読んで少しは理解が深まった。(それでも書かれたことの半分くらいしか理解していないが…)
本作は約250ページものボリュームで1ページあたりの内容も濃いため、読み終わったばかりの今は疲労困憊で、内容をちゃんと復習するほどの気力はないが、巻末の年表を見て、それぞれの事件によって時代の流れが(A)佐幕開国(公武合体)、(B)尊王攘夷のどちらに振れたのかという大雑把な分類をする試みをやってみた。なお、1866年に第二次長州征伐が将軍家茂の死去によって途中で休戦となり、公武合体派の孝明天皇が崩御してからは時代区分が次のステージに進んだように感じていて、そこからは(C)武力倒幕、(D)平和倒幕で分類した。朝廷や幕府、薩摩・長州・土佐藩の方向性が大きく変わった出来事には(★)をつけた。
【1858年】
(A)修好通商条約締結:幕府が天皇の勅許を得ずに断行したので(A)の出来事
(A)安政の大獄始まる:幕府体制側が尊王攘夷勢力を厳しく弾圧したので(A)の出来事。(★)井伊直弼が大老に就任し、幕府政権がタカ派になった。
(A)島津斉彬死去:(★)薩摩藩の実権が倒幕派の斉彬から佐幕派の久光に移ったので(A)の出来事
【1859年】
(特になし)
【1860年】
(B)桜田門外の変:安政の大獄に対する尊王攘夷勢力のカウンターなので(B)の出来事
【1861年】
(B)土佐勤王党結成:(★)土佐で尊王攘夷勢力が伸長したので(B)の出来事
【1862年】
(B)吉田東洋暗殺:同上で(B)の出来事
(B)生麦事件:薩摩藩の攘夷の心情が表出したので(B)の出来事
(A)寺田屋事件①(薩摩藩):薩摩藩の尊王攘夷勢力を藩主の久光が粛清したので(A)の出来事
【1863年】
(B)下関砲撃事件:長州藩の攘夷の心情が表出したので(B)の出来事
(B)薩英戦争:生麦事件に対するカウンターだが結果として薩摩が力をつけたので(B)の出来事
(B)天誅組の変:尊王攘夷派が幕府体制に攻撃したので(B)の出来事
(A)八・一八の政変:天誅組の変に対するカウンターで尊王攘夷の長州藩が御所から追い出されたので(A)の出来事
【1864年】
(A)池田屋事件:幕府の新撰組が尊王攘夷派を攻撃したので(A)の出来事
(A)禁門の変:八・一八の政変、池田屋事件に対する長州藩のカウンターだが、幕府・薩摩連合軍に負けて長州藩の勢力が弱まったので(A)の出来事
(A)第一次長州征伐:幕府軍が勝利し、長州藩は3家老の切腹や4参謀の斬首、山口城の破却などを受け入れたので(A)の出来事
(A)下関戦争:第一次長州征伐と合わせて長州藩がボロ負けしたので(A)の出来事。(★)長州藩で保守派(俗論党)が主導権を握った。
【1865年】
(B)高杉晋作クーデター:(★)長州藩の実権が尊王攘夷派に移動したので(B)の出来事
(A)土佐藩、武市を処刑:(★)土佐藩で隠居藩主の山内容堂が公武合体に傾いたので(A)の出来事
【1866年】
(A)寺田屋事件②(龍馬襲撃される):幕府方の尊王攘夷勢力に対する攻撃なので(A)の出来事
(B)薩長同盟:強力な反幕府同盟ができたので(B)の出来事
(B)第二次長州征伐失敗・家茂死去:幕府方が敗北し、薩長の勢いが決定的になったので(B)の出来事。(★)幕府の将軍が家茂から慶喜に代わった
(B)孝明天皇死去:(★)明治天皇が即位すると、朝廷内の勢力が佐幕派から討幕派へと傾いたので(B)の出来事
【1867年】
(D)薩土盟約:平和倒幕派の土佐藩が武力倒幕派の薩摩藩をこの薩土盟約によって一時期抑えたので(D)の出来事
(D)大政奉還:これにより武力倒幕派は大義名分を失ったので(D)の出来事
【1868年】