
すっかり半年以上空いてしまいました。
今日から東京はお盆です。
うちのワンコ達は初盆です。厳密にはまだ2匹目のコは四九日を過ぎていないので、うちにいるんでしょうかね?
20年間のLife with dogs は現実的には終わりました。人間の子と同じように一緒に行けるところを探して、旅行にもあちこち行き、学校に行かなくてよい我が子でした。
毎日のお散歩では沢山のお友達もできました。当たり前の犬のいる生活でした。
そしてこの最期の1年は想像を絶するワンオペ介護生活となりました。
減らしても仕事には行かなきゃならないし、どうしてもの時は85才になる母に来てもらいましたが老犬と老婆です…
夜な夜な心中しちゃう?なんて横に寝る老犬ふたりに言った日もありました。
修行修行、無になれ、感情を持つな!
なんて言葉を何度心で言ってきたか…
自分でこの子達を迎え、沢山の気づきや幸せをもらい、楽しい時間を過ごさせてもらい感謝してるのに、自分が辛いと身勝手な感情が湧いてくる。
私って優しくないんだなぁと自己嫌悪にもなる繰り返し…
年明け、もう近所の獣医から見放された上の子に、輸液をすればラクになるなぁと感じ、飼い主に家で皮下点滴をさせてくれる獣医に変えたのです。介護は辛いのに生きる方向に積極的に行動する心の矛盾を感じながらも。
そして1月下旬、二十七回忌の父の命日。なんか予感してた…ワンも言わず寝たまま逝きました。父が連れて行ったのか、奇しくも同じ命日となりました。あと16日で20歳でした。人間の100才どころではないそうです。
それから相棒を失った下の子は、急速に不安定になり後を追うように先月16歳9ヶ月で旅立ちました。
皆さんに寂しいでしょう?大丈夫?とご心配を頂きます。でも居なくなった感覚がなく、話し相手は変わらずです。居ようが居まいが私が一方的に勝手に話しかけてきたことに気づかされました。

下の子が亡くなった翌週、いつもなら母が夕飯をあげる日に私が帰ると「バァバが来ない!」とお怒りの声?を強く感じました。分離不安でしたのでひとりが心細くお腹も空いたのでしょう。犬ですから死の認識はないのかもしれないですね。もうバァバは来ないよ〜と骨箱を抱っこしました。
これで私は自由になりましたが、20年間の早く帰らなきゃ癖は無意識の領域にあるようで、一旦立ち止まり、もう急がなくていいんだよと自分に話しています。
仏道のお勉強も止まったままでしたが、ただ本当のいい人になりたい今世の難しい目標にはとてもよい経験をさせてくれました。
次のステージに移らなくては。
精進精進。合掌