
撮り続けていますが、いよいよわかりません。後から並べてみると「同じものを撮っているなあ」と思うのですが、撮ってる最中はそんな意識が全然ない

Z6は完全に自分のカメラになった感があります。ボタンの位置、露出やWBのクセなど考えなくても手が動くようになりました

このカット、自分ではすごい手応えがあるんです。でもこれはいったい何の写真なのだろう、というと、「気配」とか「テクスチャ」としか表現できない。

このカットも完全にテクスチャのみですね。それでもいいと自分の中の何かが言っている

目的を決めず、街をふらふら歩きながら撮ってるんですが、こういうスキマを見つけるとなんとか写真にしたいと思います

「見上げる」ようになったのは割と最近のことです。冬の空の気配がいい

「朽ちる気配」も撮りたくなるもののひとつなんでしょう

NIKKOR Z 35mm f/1.8 Sは異常に逆光に強いレンズなんですが、これは太陽らしさが少し出たので嬉しくて残しました

本来の意味がわからなくなるように撮る

ある種、偶然に任せて撮ってみることもあります。ときどき思ってもいなかった写真になったりします。なんだろうねこれ

すごくトーキョー的。巨大さ、ハザマ感、圧力

数字列はそれだけで主題になる。カンディダ・へーファーのそういう写真集ありましたね、ほしいです

線路を撮ったのは生まれて初めてだったんじゃないでしょうか。意味がわかりすぎてあまり興味が沸かない

これも偶然の産物ですが、不思議なうねりが見えるので残します

朽ちかけていても日常と繋がってるのがトーキョー

気配があったので、道路をわざわざ渡って撮りにいきました

これはいつものクルマつるつるシリーズ。やはり意味を隠そうとしてます

絶妙な場所に停まっているので撮ります

ちょっと狙いすぎた感があるカット

失敗ギリギリのところに新たな発見がある気がしています。