
「日本のスタートアップエコシステムのモメンタムが下がっているのでは」という話を最近立て続けに聞きました。
私自身もそう感じているところはあります。たとえば Initial のレポートを見ていても、資金調達額は横ばいになり、悪いニュースはないにしても、全体として成長しているとは中々言いづらい状況です。調達社数も徐々に下がりつつあります。
Google Trends を見てみても、「スタートアップ」は横ばい、「起業」については2023年以降に徐々に下落傾向があるようです。

こうした雰囲気や感覚が一部で共有されていて、SNS 等でもややネガティブな発言等が見られるのではと思います。
とはいえ悲観的・冷笑的なことを言っても状況は変わりません。考えるべきなのは、現状を見据えた上でどのように手を打つかです。
いわば、会社のモメンタムが落ちてきたときにやるべきことを、エコシステム全体で行わなければならない時期でもあるのだろうと思います。
思想やテーマを語る
モメンタムを上げるためには、短期的には今挑戦しているスタートアップに成功してもらい勝利を作っていくこと、そして中長期には大きな成功を作っていくことが最も効くと思います。そのためにはスタートアップエコシステムの効率化をしていく必要があるのでしょう。
しかし短期でもう一つできることがあるように思います。
その1つは、エコシステムに関わる人たちが、
- これからのテーマや勝ち筋を具体的に伝えていくこと
- 思想や未来を語っていくこと
をもっとしていくことなどです。

実際、海外を見ていても、a16z や Lux Capital などは(その賛否はあれど)、自らの投資仮説を示すことのみならず、自分達の世界観やテーマを押し出して、次のテーマがどこにあるかを指し示しています。
こうした世界観を語ることは、空気を変えるだけに止まらず、起業家や人材の流入にも影響しますし、顧客や政策も変える力を持ちます。さらに、そうした共通認識を作ることができれば、自分たちの資本以外の資本を呼び込むこともでき、ある意味での「市場の形成」をしていると言っても良いでしょう。
投資仮説を持つだけではなく、その投資仮説を正解にしようとしている様子は日本のエコシステムにとても参考になるのではないかと思います。

目指す規模ごとにテーマを作る
特に昨今、「アメリカのタイムマシン経営をしているだけでは一定以上の規模にはならない」ということも徐々に共有されつつあるように思います。
ということは、一定以上の規模を目指すのであれば、
- 最初からアメリカで始めて、アメリカのスタートアップとして挑戦する
- 日本で始めるが、アメリカのスタートアップの潮流を見るだけではなく、グローバルの動き全体を見た上で、日本独自のスタートアップ全体の戦略を考えていく
といったような、従来よりも一段難しい思考をしていかなければならない、ということでもあるのでしょう。
ただし単に「勝つ」ことや「日本ならでは」といった独自性を追いかけると、市場規模の小さなニッチに辿り着きやすいことには注意が必要です。ハイグロース・スタートアップであれば、ある程度の規模を目指していかなければならず、そのための戦略やテーマの選定はかなり難しい道だとも思います。

先日、100兆円スタートアップの記事を書きました。
決してそれが唯一のゴールではないと思っており、ある意味で時価総額のいくつかの桁ごとに、ポートフォリオとしてテーマがいくつかある――そうした状況が健全ではないかと思っています。たとえば以下の表のようにです(あくまで例です)。
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時価総額の桁 |
テーマ |
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100兆円 |
次の基盤 |
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10兆円 |
次の国際秩序、次の日本産業 |
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1兆円 |
グローバル、○○安全保障など |
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1000億円 |
国内の各領域 |
こうした思想やテーマを打ち出していく、あるいは既にあるスタートアップの先端的な動きをリフレーミングして伝えていくといった取り組みをするのは、おそらく投資家が中心となっていくのではないか、と思います。
最前線にいる起業家の皆さんはそうした時間はないでしょうし、広く見ている投資家のほうが相性は良いのではないかと思います。また投資家としての資本供給だけではなく、考え方の枠組みを供給していき、自分たち以外の資金を増やしていくといったレバレッジがより必要になってくるのでしょう。

外の理解を得る
またそうしたテーマや思想を語ることは、同時にエコシステム外へのコミュニケーションにもなります。
特に昨今の様子を見るに、日本社会の中でスタートアップの位置づけや役目を改めて訴えていく必要もあるのではないかと思っています。
ここ数年、スタートアップは日本政府や自治体の成長戦略の中心に据えられました。またそれより前からオープンイノベーション等による大企業の注目もありました。
こうした雰囲気の中で、エコシステム全体としては非常に大きなモメンタムがあったため、なぜスタートアップが大事なのか、という説明をする必要はそこまでない状況が続いていました。
しかし、政府や企業が「事業成長」「経済成長」よりも「経済安全保障」などが優先的な課題になりつつある今においては、スタートアップやそのエコシステムが日本経済におけるどういった価値を持つのかを明確に説明していく、あるいは現在の社会的アジェンダに明示的にアラインしていく必要が改めて出てきているのではないかと感じています。

また企業で働く人たち、特に学生の就職意識の状況を見ていても、マイナビの就職の意識調査では、この10年で「安定している会社」が好まれるようになっており、この5年でもさらに上がっています。

リクルートや電通の調査では安定さを重視されていつつも、「やりたい仕事」はまだ上位にランクインしているため、おそらくは、
- 「やりたい仕事」は最終決定の局面において重視される
- しかし複数条件の比較したときには後退している
といった状況なのではないかと思います。
今後、物価上昇と実質購買力の不安定さが、最低限の衛生要因の重要性を高め、満足度よりも給与を重視する傾向が強まることも十分に考えられます。スタートアップも給与水準は高まっていますが、一方で中長期で安定しているかといえばそういうわけではないため、こうした従業員の方々向けへのメッセージもより必要になってくるでしょう。
そうした意味でも、
- 大企業から見たスタートアップの価値
- 従業員・転職者から見たスタートアップの価値
- さらには海外の諸外国から見たときの日本のスタートアップの価値
など、外から見たときの日本のスタートアップの価値や社会的役割を再定義して、伝えていくことが求められているのではないか、と思います。

まとめ

何事もモメンタムが下がることはあります。何かを進める中で、問題が出てくることは仕方がありません。とはいえ問題があれば解決すればいいだけで、その問題をきちんと把握して手を打っていく、ということができればと思っています。
その一環として、たくさんのスタートアップのテーマやアイデア、勝ち筋がどんどんと出てくること、それを外に伝えること、未来を伝えていくことなど、やれることはたくさんあると思います。それはある意味での思想を作っていくことでもあるでしょう。
もちろん、語ることですべてが解決できるわけではありませんし、それをやる人は一部で良いでしょう。それでももう少し、そうしたコミュニケーションが出てきても良いのでは、と思います。
それに、そうした未来のことを考えられる職種は限られています。スタートアップに関わっているということは、そうした未来や理想を語れる、という良いポジションにあるのではとも思います。
もちろん投資家や支援側にとってみれば金融的なリターンを出すことが仕事です。とはいえ、単なる金銭的リターンだけを求めているならおそらく別の金融の職を取るほうが合理的であり、そうした道ではないと思ったからこそスタートアップの業界に身を置いた人も多いはずです。
その意味がもし未来や理想にあるのであれば、まさに今、そうした発信の機会でもあるのではないかと個人的には思っています。