
同じ「起業家」と呼ばれる人たちと話していても、成功の認識は大きく違うと感じています。
富、名声、力を成功と捉えて起業する人もいれば、より良い社会を残すこと、より大きな何かを成し遂げることなどを求めて起業という選択を取る人もいます。
富一つとっても、目指している資産額の大きさは数億円から数百億円まで様々です。「社会」といっても、世界全体を社会と捉える人もいれば、身の回りのことを社会と呼ぶ人もいて、より良くしようとする「社会」の規模感は異なっていたりします。
外部ではなく自分自身へと目を向ける起業家もいます。自己の成長のために起業を修練の場として位置付け、起業を選ぶ人もいますし、結果よりも過程を大事にして、「楽しいことをしていたい」から起業するという人もいるでしょう。
こうした違いが生まれてくるのは「成功を測るものさし📏」が違うから、と考えると、整理しやすくなるように思います。
- 成功を測るものさしの種類
- 成功は何センチ?
- 分かりやすいものさしを選ぶリスク
- 測るときの時間軸によって異なる「成功と失敗」の見え方
- 失敗を成功と捉えるものさし
- 人と違うものさしを持つことの重要性
- 学生が選ぶものさし
- 📏ものさしバトル ⚔
成功を測るものさしの種類

たとえば起業を見てみましょう。ハイグロース・スタートアップの起業家の方々は「富の大きさ」「世界への影響度」などを一つのものさしとしているように見えますが、スモールビジネスやインディービジネスの起業家の方々は「自分や周りの人の幸福」「地域社会への貢献」「自分なりの面白さ」などをものさしにしているようにも見えます。
それぞれ、成功を測るときのものさし📏の「種類」が異なります。どの種類のものさしを選ぶかはその人の価値観次第です。
成功は何センチ?

そのものさしで「どの程度」になれば成功したかと思われるかも人によって異なります。
たとえば、富という観点だけで見ても、数億円の資産を作ることを成功だと捉えて、起業しようとしている人もいる一方で、数億円なら別の手段で作れるから、やるなら数十億円、という人もいます。
絶対値で考えるのではなく、「周りよりも裕福である度合い」という相対的な金額を想定している人もいるでしょう。
どの種類のものさしを使うのか、だけではなく、どの程度をもって成功と見做すのかも人によって異なります。そうした意味でも、「ものさし📏」というメタファーは理解しやすいのかなと思います。
分かりやすいものさしを選ぶリスク

どのような種類の「成功のものさし」で、自分や他人の成功を測り、どの程度を成功と見做すのかは人次第であり、それぞれのものさしを尊重するべきだと思いますが、ただ分かりやすいものさしを用いて自らの功績を測るとは、その分かりやすさがゆえに難しいところもあるなと思います。
確かに、皆が良いと思う分かりやすいものさしでの競争で勝てば、分かりやすく称賛されます。ただその結果、分かりやすいものさしには人が集まり、人気が出るので競争が激しくなります。
そして大抵の場合、人は比べてしまうので、分かりやすいものさしを選んでしまうと比較対象となる相手は多くなってしまいます。しかも「類は友を呼ぶ」ので、同じものさしを持った人同士は集まりやすく、その差も見えやすくなります。
たとえば起業家になってある程度成功して数億円の資産を築いたとしましょう。しかし資産の面だけで比較すると、必ず上には上がいます。起業家資産ランキングなどを見れば、それはすぐに分かります。
もちろん、自分の属する「社会」の範囲を狭めてしまえば、その社会の中で一番になることはできるでしょうが、そうすると「お山の大将」ともなってしまいます。
日本の大学受験などはその最たるものでしょう。東大に入ったとしても、次はハーバードやMITが見えてきます。大学の学部を卒業した先には、博士課程やMBAもあれば、より「良い」就職先、より「良い」キャリア、より「良い」肩書が待っています。
そうした「良さ」を測るものさしを他人に預けてしまうと、同じレールの上で、誰よりも速く走り続けることが求められます。その領域でトップを維持することにも相当な努力が必要です。
分かりやすいものさしを持ってしまうと、最初はやりやすくて良いのですが、最終的には満足できない構造にあるのかもしれません。
測るときの時間軸によって異なる「成功と失敗」の見え方

それに忘れられがちなのが、どの時間幅で成功と失敗を測るかということです。
短期間の計測や一回だけの計測で成功と失敗を測ろうとすると、挑戦回数が限られてしまうため、失敗を避けようとしてしまいがちです。
もし長期的な時間軸で見ることができれば、長期の間に一度大きく成功すればよいと考え、「失敗の経験も、長期的には成功の糧となるので、果敢に挑戦する」という選択を取ることもできるようになるでしょう。
たとえば英語です。その場その場での成功と失敗を気にするなら、喋らないことで失敗を避けることができます。でも英語を流暢に喋りたいのであれば、慣れていなくても英語を果敢に喋ってみて失敗したほうが、最終的には喋らなかった人よりも英語を身に着けることができるでしょう。そして喋らなかった人は、英語力は伸びません。
「失敗しないことを恐れない」というのはよく言われますが、そんなことを言われても失敗すること自体は恐いものです。でも、どのような時間軸で成功と失敗を測るのかと考えてみたら、様々な挑戦をしてみようとも思えます。
失敗を成功と捉えるものさし
それに、失敗しなかったことを評価する人もいれば、失敗したとしても大きな挑戦をしたこと自体を評価する人もいる点も忘れがちです。
ハイグロース・スタートアップの文脈で言えば、たとえば宇宙という大きな分野に挑戦しようとしている人がいたとき、
- 過去に別の領域でスモールビジネスやインディービジネスで成功した人
- 過去に同領域で大きな挑戦をして失敗した人
の両者を比べたら、ベンチャー投資家としては後者の人のほうに投資したくなるものではないでしょうか。
成功のものさしは、決してその成果だけで測られるものではありません。挑戦回数や挑戦の種類も、ある種のものさしとなります。
そうした意味でも、成功のものさしと同様に「失敗のものさし」をどう考えるか、というのは大事なように思います。
人と違うものさしを持つことの重要性

人とは少し異なりつつ、自分にうまく合致したものさし📏を見つけることがきっと重要なのでしょう。そうすれば自分の努力と幸福がアラインします。さらにそのものさしが重要な問題と合致していたり、うまく社会とアラインしていれば、そのものさしでの成功を目指すことで、社会からの評価もアラインしていきます。
人と違うものさしを持つことは恐いものです。でもお金や名声以外のものさしを持つことは、きっと長期間で見たときに個人の幸福にもつながります。
そして選べるものさしの種類の幅を増やしていく手伝いを、大学等の教育機関などが行えると良いなと個人的には思います。
これから新しい環境に身を置こうとする新入生や新社会人は、良いものさしを見つけるチャンスです。ぜひ自分に合った成功のものさしを見つけてみてください。
学生が選ぶものさし

一方で、気を付けたほうが良いと思うのは、上記のような分かりやすいものさしを選んでしまうことです。
たとえば学生起業家のような若手の方々と話していて、成功を測るものさしの種類が少なく、程度は小さく、時間軸が短い傾向のでは、と感じることがあります(全ての人がそうというわけではなく、あくまで傾向の話です)。
ものさしの種類で言えば、自分のものさしが定まってなければ第三者からの分かりやすいものさしを選びたくなります。その結果、お金や名声などのものさしを採用してしまいがちです。
時間軸についても、若者はこれまで生きてきた時間が短く、学校のスパン(1年や3~4年)を一つの時間の区切りとして物事の成否を考えてしまう傾向にあります。そうした人たちが「スタートアップ」というとき、確かにスタートアップは短期間での急成長を目指しますが、それは 3 ~ 4 年というスパンではありません。短期間といっても10年弱です。それは大学生にとっては、これまで生きてきた人生の約半分の時間に当たります。
お金の面でも、普段生活で扱っているお金からすると、数千万円の案件が取れただけでもかなり大きなお金に感じるのは仕方がありません。ただ、スタートアップだと、目指すべきお金の程度は数千万円といった程度ではなく、数百億円の世界です。
大きく成功することよりも、失敗しないことのほうにも傾きがちです。たとえば受託ソフトウェア開発の事業で起業をすれば、おそらく失敗はせず、数百万円というお金を得られますが、大成功するかというとなかなか難しいものです。さらに、そうした事業は基本的に現在のスキルの切り売りのため、育てられるスキルも限定的になってしまいます。
そんな中、周りにいて比較対象となる成功のロールモデルは、そこそこ儲けて、良い生活をしている「成功のものさし」を持つ同年代です。そうした状況だからなおさら、安易な成功のものさしを選んでしまいやすくなってしまうのかもしれません。
📏ものさしバトル ⚔

これは構造的な問題です。普通に過ごしていれば、むしろそうなるのが自然だとも思います。
そうした構造を打破するためにも、小学生が休み時間で定規を剣のように扱ってチャンバラ剣戟バトルをするように、ものさしバトルをしても良いのかなとも思います。
それはつまり、私たち周りにいる人たちが、自分が良いと思ったものさし📏を良いと言うことです。少し前の言葉で言えば、エモいものエモいと言う、と言えるかもしれません。
たとえば私であれば「大きなことを成し遂げること」「社会的なインパクトをもたらすこと」は格好良いと思いますし、そういう人が増えれば、いいなと思います。「足るを知る」ことも大事だと思いますが、より大きなものや未開拓の領域を目指していく人も格好良いと思っています。
大きな挑戦をして失敗した人も挑戦したこと自体が凄いと思いますし、周りからの応援を受けて大きな挑戦ができたことこそが成功のようにも見えます。それはビジネスでも社会的活動でもです。
そうした意味で、成功して富や名声を得たかどうかだけではなく、
- 「どれぐらい大きく難しい挑戦をしたか」
- 「その挑戦の中でどれぐらい社会に良い影響を与えられたか」
といったものさしを持ち、そうした人を称える人が増えればいいなと思います*1。
そうしたものさしを持つ人たちと一緒にいることができればなお良いでしょう。特に大きな挑戦や難しい挑戦をすると失敗することが普通です。でもその失敗をお互いに称えあい、慰めあえるのであれば、それ自体が大きな財産になるように思います。
若ければ若いほど、周囲の影響を受けます。誰かからの借りものであっても、使っていたものさしは次第に定着して、人格を構成する一部になってきます。だから若い人たちが囲まれるものさしは、より多様で、より社会全体にとっても良いものであってほしいと思います。
「人それぞれ」という相対主義のような立場に立つのはある意味簡単です。でもそれでは、構造が温存されます。だからこそ、格好良い成功のものさしや、社会にとって良いものさしは恐れずに良いと言っていく、そして「良いものさしで物事を測っている人」には、「そのものさし📏、とても良いね!」と言っていき、構造を変えようとすること、そしてそうした成功のものさしに興味を持つ人たちが入ってこれるコミュニティや仲間を作っていくことが大事なのかな、と思っている今日この頃です。
関連文献
*1:ただし、大きな挑戦をしているからと言って、詐称したり、まったく効果的ではないことをしていたり、倫理的にまずいことをするのは良くないと思います。こうしたマイナス面も十分に加味するべきだと思います。