
ディープテック・スタートアップの事業アイデアを考えるとき、技術の社会的インパクトや事業的なポテンシャルを見るために、開発の前に理論的な上限・下限を押さえておくことが重要だと思っています。
社会的インパクトの最大値は「インプット×変換効率」
基本的に、社会的インパクトの大きさは生み出せるアウトプットの量に比例します。より社会に良いもの(環境負荷が低いものなど)が、従来よりも安く多く生産できれば、その分だけインパクトは大きくなるからです。
そしてアウトプットを生み出すためには、インプットを何かしらの手段で望ましいアウトプットに変換する必要があります。その変換手段がいわゆる「技術」です。
この考え方をかなり単純化すれば、社会的インパクトの理論的な最大値は、
インプット量 × 変換効率 = アウトプット(社会的インパクト)
の掛け算で決まります。

「変換効率」を挙げるための技術開発
この変換効率を上げるために新しい技術が開発され、古い技術は新しい技術に置き換わっていきます。たとえば、原油をより多く石油に変える技術や、石油を元に電気を生み出す、などです。
場合によっては、変換するインプットの種類を変えても望ましいアウトプットが生まれるような技術が開発され、全体の効率を上げます。
たとえば質の悪い原油を石油に変える技術が開発されたり、石油の代わりに天然ガスを燃やして電気を生み出す技術が開発されたり、石油や天然ガス(メタンガス)ではなく太陽光を電気に変える技術などが例としてあげられます。
インプットと変換効率には限度がある
ただ技術ばかり見ていても、インパクトの総量は分かりません。なぜならインプットの量には上限があるケースが多く、その場合、どれだけ変換効率を上げても生み出されるインパクトには限界があるからです。たとえば原油の埋蔵量には限度があります。太陽光パネルは面積を必要とするため、地表の面積が限度となります(宇宙に置くという手はありますが)。
また変換効率も、原理的な限界値が存在することがほとんどです。
よって、「インプット量 × 変換効率」の理論的な限界を考えることでインパクトの上限を見極めることにつながります。(※これらに加えて規制や制度等の制約を考慮するべきときもありますが、国内はかなり単純化した話をします)
コストによってインパクトも変わる
これは経済面を考えるときも同様の考えができ、
インプットの価格 × 変換効率の価格 = アウトプットの価格
という計算で、アウトプット(商品)価格の下限値が決まります。

実際の普及のためには、アウトプットされた商品の価格がどこまで相対的に低くなりうるかどうかが鍵です。もし高価であれば普及はせず、インパクトも生み出せません。安く作ることができれば、自然と広く普及して、大きなインパクトにつながるでしょう。
そうした意味で、コストの理論的な下限値も併せて考えることがインパクトを考えるときには重要です。
つまり、
- インプットの量の上限
- 変換効率の上限
- コストの下限
がアウトプットの上限をほぼ決め、理論的な最大のインパクトの上限を決めます。

こうした計算、いわゆるフェルミ推定を初期にしておくことで、その技術を開発した暁に得られるインパクトをある程度推定することができます。
ここから少し事例を用いてこれらの考え方をお話しします。
例 (1) SAF(UCO→HEFA)の場合 ―― 量に制約

使用済み食用油(廃油、UCO)をHEFAプロセスでSAF(持続可能な航空燃料)にするケースを例にして考えてみましょう。
このとき「GHG排出量がどこまで減るか」をインパクトの定量評価の軸とします。2020年前後の世界では、59GtのGHG(温室効果ガス)が毎年排出されていると言われており、脱炭素を推進する投資家である Breakthrough Energy などは、大規模化したときに年間のGHG排出量を0.5Gtを削減する事業、つまりGHG排出量の約1%を削減しうる事業にのみ投資する、というインパクトベースの閾値を重視しています。
この値を参考に、UCOを使ったときに0.5Gtにどこまで近づけるかをフェルミ推定的に求めてみます。
前提
- UCOの年間量:1,230万t/年 と置きます。
- ジェット留分:50% を「実務レンジの上端」として仮定します。
- 化石ジェットとSAFの排出差:約75 gCO2e/MJ(= 0.075 kg/MJ)と置きます(化石燃料だと 89gCO2e/MJ で、廃油ベースのHEFAを使った燃料だと14gCO2e/MJと言われています)
- ジェット燃料の発熱量(LHV):約43 MJ/kg
- UCO(植物油)の発熱量(LHV):約37 MJ/kg
なお、今回はUCO単体の上限を素直に評価しており、外部水素(H₂)のエネルギーは計算に含めていません。また副産物も無視しており、代替用途は扱っていません(たとえばUCOをSAFに回るとディーゼルなどが化石に戻る可能性などは考慮していません)。
1) 現実的レンジの上限(素直に積み上げ)
計算手順を明示します。
- ステップA:原料質量 → ジェット質量
1,230万t × 50% = 615万t(= 6.15×10^6 t = 6.15×10^9 kg) - ステップB:ジェット質量 → エネルギー
6.15×10^9 kg × 43 MJ/kg = 2.6445×10^11 MJ - ステップC:エネルギー × 排出差
2.6445×10^11 MJ × 0.075 kg/MJ = 1.983375×10^10 kgCO2e
= 1,983万tCO2e/年(≒0.0198 Gt)
以上から、現在のインプット×実務上限の変換だけで見た削減上限は約0.02 Gt/年となります。
※ ジェット留分を上げることはできますが、総液体収率が落ちやすい(スレート最適化のトレードオフ)があるため、いったん50%としています。

2) 変換効率を上げる技術開発をする場合
ここでよくある反論は「変換効率をさらに上げればインパクトも大きくなるのでは?」です。ですが、第一法則(エネルギー保存)があるため、製品として取り出せるエネルギーは、原料(UCO)の持つエネルギーを超えられません。
- UCOの総エネルギー(理論最大)
1,230万t(= 1.23×10^7 t = 1.23×10^10 kg)× 37 MJ/kg
= 4.551×10^11 MJ
この上限エネルギーをすべてジェットとして取り出せる(=損失ゼロという非現実の仮定)としても、
- 削減の理論上限(排出差=0.075 kg/MJのまま)
4.551×10^11 MJ × 0.075 kg/MJ = 3.41325×10^10 kg
= 3,413万tCO2e/年(≒0.034 Gt)
さらに「SAF側の排出をゼロ」という極端な仮定を置いても、
- 削減の理論上限(排出差=0.089 kg/MJと仮定)
4.551×10^11 MJ × 0.089 kg/MJ = 4.05039×10^10 kg
= 4,050万tCO2e/年(≒0.0405 Gt)
つまり、変換効率をどれだけ上げても、0.02 Gt/年が0.03〜0.04 Gt/年になる程度で、桁は変わりません。
今回の場合、インパクトの最大値を決めているのは変換効率ではなく、インプットということになります。

3) インプット(廃油)をもっと増やせる可能性の検討
インプットとなる廃油は、回収率の向上や経済発展を考慮して増加するとしても、約2~3倍程度にしか増えないとされています。どれだけ食文化が変わっても、10倍になるようなことはおそらく起こらないでしょう。
つまり、インプットを大胆に増やすことはできません。
廃油を使ったSAFのまとめ
これらの計算から、廃油を使ったSAFの場合、59Gtに対する寄与の幅が小さいこと、特に技術開発をしたとしてもインプット側に制約があることが分かりました。
実際にはこれに加えて、インプットを獲得するためのコスト(サプライチェーンコストも含む)や、技術を使って変換するコストなどを加味した「製造品の価格」が実際のどの程度の購買につながるかを決めます。とはいえ、そのコストがどれほど安くなろうとも、それほど大きなインパクトには辿り着けないというのがこのパスウェイです。
似たような計算は太陽光パネル等でもできます。太陽光の場合、インプットは「面積と日照時間」になり、変換効率が太陽光パネルの変換効率の理論値を入れることで理論値が計算できます。そのインプットに農地や宅地等を入れるかどうかで最大値は変わりますが、それぞれの場合の最大値は分かります。(そしてそのポテンシャルはかなり大きいものです)
例 (2) 水電解での水素製造の場合 ―― 変換効率に制約

廃油による SAF はインプットが制約になる事例ですが、一方で変換効率が制約になる場合もあります。それをグリーン水素製造の水電解の例で考えます。
使うのは「インプット × 変換効率 = アウトプット(=社会的インパクト)」という枠組みです。
ここでのインプットは、単純化すると水とグリーン電力です。水はほぼ無料で手に入るものとし、グリーン電力は昼間の余剰電力を使う前提で0円とします。こうすれば、インプットに律速はなく、変換効率とそのコストを律速とする問題系となります。
そして目標値として、米エネルギー省(DOE)の掲げる「クリーン水素を $1/kg に」という目標(Hydrogen Shot:$1/1 kg)を設定しましょう。
これらの前提で変換効率を中心に見ていきます。
1) 水電解の原理的限界
水電解は、水を電気で分解(電解)して水素と酸素にします。この反応には「これ以下にはできない」という必要エネルギーの下限があります。
- 理論最小の電気エネルギー(ギブズ自由エネルギー由来)… 約 32.7 kWh/kg(=“可逆限界”)
- 熱の出入りがゼロになる点(“熱中性”)… 約 39.4 kWh/kg(= 1.48 V に相当)
理論電圧は 1.23 V(可逆) と 1.48 V(熱中性)を考慮すると 1.23/1.48 ≈ 0.83 なので、39.4×0.83 ≈ 32.7 になります。つまり、どんなに技術が進んでも、1 kWh から 30 g 以上の水素は作れません。これが「変換効率の壁」です。
2) インプット×変換効率=アウトプット
このブログの基本式「インプット×変換効率=アウトプット」に落とします。
- 1 kWh → 最大 約30 g‑H₂(= 0.030 kg)
- 1 kW の装置を 1 年動かす(8,760 kWh)と、
- 理想上限:8,760 × 0.030 ≈ 約 265 kg‑H₂/年・kW(可逆)
- 熱中性では 約 222 kg‑H₂/年・kW
つまり「1 kWあたり年間 200〜260 kg」が、装置の稼げる最大量の目安です。

3) コストの計算(電気代0円→電気代○円へ)
ここからはお金の話をします。計算しやすい形にそろえて考えたとき、水素の製造コスト(LCOH)は、ざっくり
となります。
(A) 電気代が 0 円 の理想世界だと:
「装置由来のコスト」だけが残ります。装置 1 kW = $1000、利子や減価をならした年率10%で回収、265 kg/年つくれるなら、
となります。
つまり装置が $2000/kW なら 約 $0.75/kg、$2500/kW なら 約 $0.93/kg(可逆の理想に近い場合)。ただし熱中性(約222 kg/年)なら少し高くなります(例:$1000/kW → $0.45/kg ほど)。
(B) 現実的に電気代も払う場合だと:
電気の単価が 1 ¢/kWh(=$0.01/kWh) 上がるごとに、
- 可逆(33 kWh/kg)なら 約 $0.33/kg
- 熱中性(39 kWh/kg)なら 約 $0.39/kg
がそのまま上乗せされます。たとえば 2 ¢/kWh なら $0.66〜$0.79/kgが電気代だけでかかります。
ここに保守・用役・水処理・ガス乾燥/圧縮なども上乗せされるのが現実的な計算です(本稿では簡単化しています)。
4) $1/kgへの影響

この$1/kgを達成するための条件をざっくりと逆算してみます(年率10%、保守ゼロ、フル稼働=設備稼働率100%の甘めに仮定します)。
電気代が 0 の場合:
装置価格は $2.2k〜$2.7k/kW 以下が必要(熱中性〜可逆)。稼働率が50%に落ちると、許容装置価格も半分に下がります。
電気代が 2 ¢/kWh の場合(可逆に近い前提):
電気だけで $0.65/kg 使うので、装置に使える枠は $0.35/kg。これを満たすには装置価格がせいぜい ~$900/kW(フル稼働想定)。稼働率が 50%なら許容装置価格は ~$450/kW 程度に沈み、極めて厳しくなります。
つまり、水電解の効率改善だけでは $1/kg に届きません。とても安い電気(≲1〜2 ¢/kWh)と、高稼働、そしてかなり安い装置価格($~1000/kW 級以下)の全部が目標達成には必要になります。
5) まとめ

まとめると以下のようになります。
- 変換効率の壁:1 kWh から作れる水素は最大約30 g。1 kg には 33〜40 kWhが必要です。これが物理的な限界値です。
- 装置の生産上限:1 kW・年で 200〜260 kgが限界。装置の「稼ぎ」はここで頭打ちとなります。
- コストの肝:装置の安さ($/kW)、2) 電気の安さ($/kWh)、3) 稼働率(%)。
効率改善は大事でも、桁を変える主役はこの3つが鍵となります。
よって、水電解の効率改善だけではなく、装置の安さや稼働率を上げる研究開発が鍵だ、ということになります。あるいは水電解ではない、別の電解によるグリーン水素製造のパスウェイや地下水素などのムーンショットを模索する必要が出てくる、ということになります。
(計算が間違っていたらご指摘ください…)
ビジネスインパクトの計算
ここまで、アウトプットの量を社会的インパクトに近似させて
- インプット
- 変換効率
の2つのみを考えてきました。
ビジネス面での成功を考える場合、これらについて経済的な面を考えていく必要があります。また競争による利益率の上下も考えておく必要があるでしょう。つまり、
- インプット: より安く、より多く手に入るものを入力し、
- 変換効率: より安い方法で、より効率的に、より高付加価値なものに変換し、
- 利益率: より独占的に提供する

といった 3 点の掛け算で、おおよその事業インパクトのポテンシャルが計算できると考えられます。
物凄く単純化して言えば、
- より多くの安いもの(インプット)を
- より多くの高いもの(アウトプット)に
- 「変換(技術)」して
- それを「どの程度独占」しうるか
ということです。当たり前と言えば当たり前ですね。
インパクトの理論的上限を最初に算出する意味

日本の研究開発は、研究者・技術者からのボトムアップ提案が多い印象があります。自然科学等はそれで良いと思う一方で、工学は社会的なインパクトが求められる状況も多いように思いますし、研究開発の「事業化」となればなおさらその社会的なインパクトを予め計算しておくのは重要です。
そのとき、トップダウンの計算を行って「この技術は可能性として、どの程度のインパクトをもたらしうるのか」を早期に評価し、研究開発費の資源配分に反映する実務は、もっと強化できる余地があるように思います。
特にディープテックを使うハイグロース・スタートアップが大きなインパクトを目指すうえで、「本当にハイリターンになりえるか」は、上記のようなインプット上限と変換効率(実務レンジと理論上限)を先に押さえて、簡易的な計算をするだけで見えることもあります。むしろそうしたリターンの可能性の計算がなければ、容易にハイリスク・ローリターンな投資になってしまいます。
国の補助金の研究開発等を見ていても、研究開発が進んでいるからと、インパクトの上限値が低い『技術の商業化』が採択されることもあるようです。技術開発に集中しすぎると全体像を見失ってしまうことがある、とも言えるかもしれません。それは社会的インパクトや事業的インパクトとは別の価値を加味しての場合もあるでしょうが、とはいえ民間では取れないリスク(とリターン)を取るという意味においても、インパクトの最大値を予め求めておくという観点がもっと必要ではないかと考えている次第です。
(なお、それほどアウトプット量が出なくても、特定の用途でその技術が強く求められるときに市場的な価値がかなり高まる、ということもあります。)
生成AIを使った検証
最近は生成AI や Elicit 等の文献サービス を使うことで、理論的な最大値の当たりをつける作業が圧倒的に楽になりました。情報の探索、仮定レンジの感度分析、前提の整合チェックなど、初期スクリーニングにはとても有用です。
もちろん生成AIは間違えることもありますが、フェルミ推定の型(インプット×変換)に沿って計算手順と仮定をテキストで固定し、数字の根拠を都度メモしていけば、初期の見取り図は短時間で描けるように思います。そうしたツールを活用して事前につゆ払いしておけば、より良いプロジェクトに資金が回っていくのではないかと思っています。
※ この記事の計算も GPT-5 Pro を使っています。
おわりに

この記事は「インプット上限 × 変換上限」だけで理論的な最大値を見積もり、そのうえでインパクトがあるかどうかを検算する、という考え方を紹介しました。
ここで挙げたUCO→HEFAや水電解の研究開発は決して無意味ではありませんし、短中期の脱炭素に貢献する技術のため、この技術自体は推進していくべき部分もあると思います。一方で、「どの程度のインパクトが理論的にありうるのか」という思考も、ハイリターンを求めるディープテック・スタートアップや、国の推進する技術開発の方向性を考えるときには重要だと考えており、それを強調するために引き合いに出させていただきました。
以上、技術開発や事業開発の早い段階で、その技術や事業のインパクトの上限をざっくりと検算して、そのうえでどの技術に資本や人材を張るかを考えると良いのでは、という記事でした。
なお、これは技術供給側にリスクを持ち、需要が一定あることが分かっているビジネスで有効な考え方で、IT などの需要側のリスクがあるものについては使いづらい考え方であることは付記させてください。