
こんにちは。人工知能研究所の和田です。
富士通では企業における生成AIの活用促進に向けて、多様かつ変化する企業ニーズに柔軟に対応し、企業が持つ膨大なデータや法令への準拠を容易に実現する「エンタープライズ生成AIフレームワーク」を開発し、2024年7月よりAIサービス Fujitsu Kozuchi (R&D) のラインナップとして順次提供を開始いたしました。本掲載では、上記のうちFujitsu ナレッジグラフ拡張RAG for Root Cause Analysis*1(KG拡張RAG for RCA)*2をプラント保全向けにPoC適用した件について紹介します。このPoCで、私達は、プラントを保有する顧客企業様(仮称:A社様)と共に実施し、A社様のプラントで発生した実際の事例を基にしてKG拡張RAG for RCAの評価を行いました。
この記事でわかること
- A社様と共に、KG拡張RAG for RCAを活用し、設備保全管理システムPLANTIA*3のインシデントデータに基づく原因分析の効率化を目的としたPoCを実施しました。
- KG拡張RAG for RCAにより複数インシデント間の統合的な原因分析を可能にし、従来のRAGと比べて網羅性を向上させました。また、質問文校正機能により正答率を29%向上させました。いずれの結果もA社様から高評価を得ました。
- A社様からのフィードバックを基に、ナレッジグラフの拡充と大量データへの対応を実施していきます。また、次のチャレンジとして原因特定から対処法提示までの機能拡充を計画しています。今後、これらのKG拡張RAG for RCAの改善により、プラント保全システムのさらなる効率化を目指します。
PoCの目的
プラント保全は、製造業やエネルギー業界をはじめとした多くの分野において欠かせない要素です。この保全を怠ると、火災事故や製造の長期停止など、甚大な被害をもたらす可能性があります。
現在、インシデントの原因分析は知識と経験に依存した属人的な判断が多いため、新人など経験が浅い作業員は原因の分析を正しく行えず、対処に時間がかかりがちです。この課題を克服するために、私たちはインシデント発生から原因特定までをAIで補助し、プラント保全の効率化を図ろうとしています。 プラント保全の効率化を以下の二つの機能で実現します。
- 過去のインシデントを収集および管理する機能
- 過去のインシデントを分析し、新しいインシデントの原因を特定する機能
過去のインシデント情報をデータベースとして保持し、新たなインシデントが発生した際にはデータベースから参照して、その原因を導き出す方式です。この二つの機能に関して、まずインシデントの収集機能は、富士通のPLANTIAという設備保全管理システムを利用することで、過去のインシデントの収集と管理が可能になります。そして、原因特定機能としては、検索機能と大規模言語モデルを併用したRAGが挙げられます。RAGを使用することで、より高度なインシデント検索と自然言語による回答を提供できます。
しかし、従来のRAGには二つの課題があります。
- 複数のインシデントデータからの統合的な原因分析が難しい
- 質問の言い回しの違いや表記揺れによって検索精度が低下する
従来のRAGは、質問文とデータベース内の文章の類似性を求めることで、質問の内容が直接的に記載されている文章を検索します。しかし、質問の内容は直接書かれていないが、間接的に関係しているインシデントも存在します。従来のRAGは、このような間接的なインシデントを参照することができません。また、現場で使用する際には、質問の言い回しや表記揺れが発生することがありますが、従来のRAGではこれらの表記揺れがあると検索精度が低下してしまいます。
そこで、私たちが開発したKG拡張RAG for RCAのナレッジグラフと質問文校正機能を活用してこれらの課題を解決できるか検証するために、顧客であるA社様と協力し、実際にPLANTIAに保管されたデータを用いて実証を行いました。

PoCの内容
製造業のA社様では、PLANTIAを導入し、プラント運用中に発生する様々な障害やインシデントを管理しています。これらのデータを活用してプラント保全を効率化できないかという期待がありました。そこで、KG拡張RAG for RCAを活用し、インシデントの原因分析をAIで効率化するPoCを実施しました。
PoCの流れ
PoCは以下のステップで行いました(図2)。
データの準備: A社様がPLANTIAで管理している表形式のインシデントデータ20件を、KG拡張RAG for RCAで読み込めるテキストデータ(チケット)に変換しました。
アプリへの登録: ステップ1で用意したインシデントのチケットをKG拡張RAG for RCAに登録しました。
インシデントに関して質問: 登録したチケットを基に、「ノズルが動かない」など具体的なインシデントについて質問しました。
分析結果の回答: 登録されたチケットから作成されたナレッジグラフを基に、質問に対する解析結果を提示させました。

チケット例
表形式の各項目に記載された内容を一つにまとめたインシデントのチケットの例を図3に示します。チケットとして、現象(何が起きたか)と原因(どうして起きたか)、その他の周辺情報など、PLANTIAに記録されていた情報をテキスト化しました。さらに、なぜなぜ分析の結果として真因(真の原因)が記録されていたのでチケットに含めました。今回取り扱うインシデントはプラントで発生した装置の故障や異常に関するものです。チケットの例では「ノズルが前進しない」というインシデントが発生したとき、その原因は「バルブ内のスプールが固着しエアーが切り替わらなかった」とされています。そして、その真因は「内部へ汚れが蓄積し動作不良となったと推測」と記しています。
結果
図4と図5に、「ノズルが動かない」と質問した際の回答を示します。図4には回答に使用したナレッジグラフを示し、図5にはそのナレッジグラフを基に人にわかりやすく説明した文章を記載しています。ナレッジグラフを確認すると、「汚れの蓄積による老朽化」という原因から、「スプールの固着」、そして「エアーの切り替わり不良」という過程を経て「(ノズルの)前進停止」が発生していることが示されており、図3のチケット例から原因と結果を正しく抽出できていることがわかります。さらに、文章で記した概要でも「汚れの蓄積」が原因だと正しく回答できています。


KG拡張RAG for RCAは、登録したすべてのチケットを統合して、巨大なナレッジグラフを保持しています。そのため、複数のチケットを合わせて統合的に解析できます。図6と図7にその例を示しています。これらは「ノズルが動かない」という質問に対する別の回答候補です。図6には、該当チケットを基に作成されたナレッジグラフが、他のチケットを基に作成されたナレッジグラフと結合されている様子が示されています。このナレッジグラフ間の結合により、質問に最も内容が近いチケットだけでなく、論理的に関係のあるチケットも探索でき、そこから推定される別の原因を回答することが可能になります。図7の回答を見ると「ノズルが動かない」という質問に対し、「汚れの蓄積による老朽化」という原因だけでなく、「シール劣化」や「Oリングの未交換」も併発して生じている可能性があることを示しています。従来のRAGではこのように関連するチケットを探索することは困難であり、この点で従来のRAGよりもKG拡張RAG for RCAの方が優れています。


図8には、想定質問7件に対する正答率と網羅性を評価した結果を示しています。正答率は、最も関係のある回答を出力できているかを示し、網羅性は、関連するチケットからも回答を生成できているかを表します。図8①に示されているように、従来のRAGでは質問に直接関係するインシデントチケットからしか原因を見つけられませんでした。しかし、ナレッジグラフを利用することで、間接的に関連するインシデントチケットからも原因を探索できるため、網羅性が向上しました。この結果はA社様から非常に有用と評価されました。
さらに、質問文校正機能についても評価を行いました。この機能により、質問の表記揺れを修正しつつ、正しい根本原因を探索することができます。例えば、「オイル漏れ」の原因を調べたいときに、「ぬるぬるする」という質問で検索を行った場合、従来の手法では表記が違うために検索が失敗します。しかし、質問文校正機能を使用すると、質問をデータベース内で使われている言葉に校正することにより、ナレッジグラフ内から「オイル漏れ」という言葉を問題なく検索できます。この機能はRAGおよびKG拡張RAG for RCAの両方で利用可能であり、図8②に示す通り、使用しない場合と比較して正答率が29%改善しました。この機能も現場での使用において有用とA社様から高い評価をいただきました。

今後の展望
A社様とのPoCを通じて、KG拡張RAG for RCAは従来のRAGが抱えていた問題を改善できることを実証しました。この結果を基に、インシデントの原因分析を可能にするKG拡張RAG for RCAと、インシデントデータを管理するPLANTIAの連携により、インシデント発生からその原因特定までを迅速かつ容易に行うプラント保全システムの実現を目指します。
また、A社様から二点のフィードバックをいただきました。一点目は、インシデントの原因特定だけでなく、周辺情報(例えば、場所、時刻、発生頻度など)も表示できるようにすると良いという点です。周辺情報があれば、同じ場所で起きた別のインシデントも参照できるようになるため、網羅性の向上につながります。二点目は、より多くのインシデントチケットを扱えるようにすべきという意見です。今回は少量のデータでの試験でしたが、将来的には多量のデータでも高い精度を維持できることを実証していきます。現状、数百件程度のデータで動作確認ができており、現場適用を考え千件以上を目指します。これらのフィードバックをもとに、KG拡張RAG for RCAを現場でより使いやすく改良していく予定です。
さらに、次の挑戦として、原因だけでなくその対処法まで提示できる仕組みの実現に向けて取り組み始めています。現在はインシデント発生から原因の特定までを行うことができますが、その先の解決策の判断はユーザに委ねられています。例えば、「ノズルが動かない」という問題に対し、「汚れの蓄積による老朽化」という原因を特定できても、現場担当者は掃除や部品交換、点検などの具体的な手順を仕様書や手順書から探し出す必要があります。緊急対応が求められるインシデントでは、一連の調査が対応遅れや被害拡大のリスクにつながりかねません。そこでKG拡張RAG for RCAは、原因と併せて有効な対処法まで提示することを目指し、プラント保全における現場即応力の飛躍的な向上に挑戦します。対処法をその場で提示できれば、火災事故や製造の長期停止といった重大なトラブルを未然に防ぐ可能性が大きく広がると考えています。
今回のPoCで実証した原因推定機能と今後導入を検討している追加機能により、インシデントの再発を防止し、プラント保全システムのさらなる効率化を目指していきます。
