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「静」のエッセイ、「動」のエッセイ

今日あるエッセイを読んでいて気付いたのだが、エッセイには2種類のエッセイがある。これはブログも同じなのだが、それは「動」のエッセイと「静」のエッセイである。

例えば「こういうことがあった」「こういうところに行った」というのは「動」のエッセイだと思う。一方で「◯◯ってこうだと思う」や「◯◯についてこういう風に考えている」という、話者がそこから一歩も動かないのが「静」のエッセイだ。

「動」のエッセイはある種のエピソードトークである。自分が行動しないと書けない文章であり、自分の体験や経験がエッセイの種となる。

一方で「静」のエッセイはひらめきの文章であり、思考の文章である。こちらは頭の中で思いついたことのみで構成できる。何かを思いついて、それを自分の中で深く掘っていくことで文章を作り上げる。

今日のブログは「静」のブログになる。ただ一歩も動かないのもなんか癪なので、最後にちょっと動こうと思う。

 

ぼくは文章を書き終わると、椅子から立ち上がってキッチンへと歩いた。冷蔵庫の中にグリーンスムージーがあるなと思ったが、お風呂上がりに飲もうと思い直し、コップに水を注ぐとそれを一気に飲み干した。コップはシンクの中に置いた。まだもう少し飲めたが、そこでやめておいた。なにごともほどほどが一番だからだ。なんかこの程度ならべつに動かなくて良かったなと思った。まあいいか。なにごともほどほどが一番か。

 




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