
「正欲」by 朝井リョウ
あってはならない感情なんて、この世にない。
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
しかしその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、
ひどく不都合なものだった――。
「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな」
これは共感を呼ぶ傑作か?
目を背けたくなる問題作か?
作家生活10周年記念作品・黒版。
読む前の自分には戻れない。あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。
読んでる最中はいったいどうなっていくのかドキドキが止まらず、読後は3日間程 頭の中で自分の考えがグルグル回り出すという、衝撃的な小説でした。こんなに私に考える時間を与えてくれる小説が今まであっただろうか。
冒頭に出てくる考えてみた事もない視点があり、
「この世界が、【誰もが「明日、死にたくない」と感じている】という大前提のもとに成り立っている」
という文面で。
始めは、全然ピンときてなかったのですが、読み進めていくうちに確かにそうだと思えてくる。「明日、死んでもいい」と思ってる人に与えられる情報でないのは確かだ。
で、
世の中には色んな性癖があり・・・
自分自身も
「仮装ランでウルトラマラソンを走りたい」
という性癖を持ってます(;´∀`)
あえて「趣味」ではなく「性癖」という言葉を使った方がしっくりする。
意味合いの違いは、
趣味・・・楽しむもの。他人と共有・会話しやすい。
性癖・・・惹かれるもの。親しい間柄でも共有しづらい、個人的な領域。
「性癖」という言葉を堂々と公言できるのも「マラソン大会」という非常に健康的で健全なイメージのスポーツカテゴリーに属しているからこそで、
「仮装ランで近所を走りたい」
という形になると、要注意人物になりかねません。
「仮装ランで走るのが好き」
という本質は変わらないのに「カテゴリー」の違いで生きやすくなったり、生きにくくなったり。世の中はそういうちょっとした違いで悩みを抱えている人がいるのかもしれない。
で、
ランナーなら誰しも経験した事があると思うのですが、走ってない人に「〇〇キロ走った」とか言ったら、めちゃめちゃ引かれてしまうという。
「あーっしまった、話さなければよかった!」
という事が私は何度かありました(;´∀`)
だから、もうほとんどそういう事を話さなくなりましたね。
ランナー同士だからこそ安心して、日常のランの話をできる感覚ってある。
人はやはり仲間がいると楽しいし、心強いです。
仮装ラン仲間にしても、その事を語れる存在がいるってことがありがたいです。
で、
この小説を読んで、少数派の「カテゴリー」の属する人の「言っても理解されない」場面の表現である
「顔面の肉が、重力に負けていった」
がとても好きです。
こういう表現が、朝井リョウさんていいな〜と思わせてくれるとこでもある。
読む前の自分には戻れない。
あなたの想像力の外側を行く。
また 読んで色んな気づきを得たいと思った作品でした( ´∀`)
で、
すぐさま映画も観た。
ガッキーがいいですねー。
あんなに美しいのに、表情や雰囲気で人を拒ませ近寄りがたくさせる。
磯村勇斗さんも いつもの役柄とは全く違う暗さ・・・
容姿の美しさなんて関係なくなる役作りの凄さに 俳優さんの実力を感じました。
小説と映画のW鑑賞♪
いやー、よかった!!
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