記述日:12月30日
1️⃣ 今年はついに人権問題・ヘイト差別問題しか書かなかった、とまとめたところですが、とんでもないことが起きてしまっています。
差別・ヘイトの問題に対し、非暴力直接行動をしていた方々は、啓蒙の手段として反差別のメッセージをつけたグッズを製作。そのメインに黒い背景にバラのイラスト、そして「私は差別に抗う」というメッセージを載せたポスターは今夏以降、反差別の行動に立つ人たちのシンボルとして呈示されていました。
反差別・ヘイトの取り組みをさらに強化しようと、地域の団体に配布して回りましたが、それを受け取ったある地方議員が「分断を生むから廃棄する」と言ってのけてしまいました。その方は今年の政治戦で、他所の市から移ってきた差別主義者への立ち振舞いについて批判されていました。その場でヘイト行為に抗議した人を政党の中心にいる方から評価されたことに対し、同政党アンチの人が「反執行部」の趣旨で貶めようとする行為も。
しなければならない「差別ヘイト実行者に対する異議申し立て」はどうでもいい、ただ「敵対者が壊れればそれでいい」と考えてしまっていることに嫌悪感を表すものです。
2️⃣ この反ヘイト・差別行動の前線に立っている方々は、私よりもうんと若い方たちです。社会的経験の浅さゆえの危うさもあったりしますが、今までの社会活動が停滞気味でいたものに対し、新しい切り口からヘイト・差別の行動を止めようとしていることを頼もしく思うものです。
また、これまで散々アンチ勢力に取り囲まれて、デマだろうが何だろうが叩きつけられる状態が続いていたのに対して、こちら側がいつまでも怒らないでいいのかという部分は私も感じていたものです。数年前の総選挙討論番組で、穀田恵二さんが政治評論家の暴言に対して烈火のごとく怒ったことが。
穀田さんは温厚ですよ、普段は。
それでも締めなければならないところはきっちり締める厳しさも持ち合わせている方と認識します。そういう部分の厳しさ、あるいは不条理に対する怒りをしっかり表しているのが、今、路上に立っている方々ではないでしょうか。共産党だから、そうでないから、という以前延長線上だけで語ってしまうのはいかがなものか、という思いがあります。
3️⃣ そんなんで、非暴力直接行動のやり方に賛成だし、そういうやり方を止める気もないわけです。
政治戦を支持者獲得の陣取りゲームに例える方も多いですが、ではその旗印は何なのか、ということは考えてみなければならないんじゃないですか。今の社会状況を見ると、共産党、あるいは左翼・人権主義的な思考回路が消えてしまったら、対応する人がいなくなってしまうジャンルはたくさんあります。この差別・ヘイトに関わる問題もしかり。
多くの支持を集めることは、共産党でも多数者革命という形で実行しようとしているわけだから当然の話ではありますが、「アンチ」の難癖は目的と手段を取り違えているとしか思わない。
4️⃣ 世論調査では高市政権の支持率が6割から9割と言われていますが、その支持者は「1割でも不支持があること自体がムカつくから、その存在を壊す」と。そういう意思に迎合すれば自分は無事でいられるかといったらそんなわけないでしょう。
そのことを考えたら大人しくばかりはいられない。非・多数者をなぶるふざけた行為は嫌だ、と可視化し続けなければならないと考えます。
5️⃣ 今回の可視化は、前線に立って行動をする人を後ろから撃ち倒すような、そういうくだらないことをするな、というのを改めて認識し直すものとなりました。
該当の議員については批判が集中していますが、私は「色々な問題で、該当議員の立場でなければ社会に上げられないものもあるし、そのために頑張ってもらう一員」と認識しているので今回はこの程度に抑えますが、「次はない」とも申し上げておきます。激しく揺れ動く社会の中で、みんながみんな的確に動けるわけではないというのも認識していますが、それにしても「いい加減にしろ」という思いを認識いただければと考えます。
長い文章にお付き合いいただきありがとうございました。