公職選挙法を正確にとらえず、ただ政敵を黙らせようとすることに傾注するあまり「トンデモ見解」繰り出す様子をため息つきながら眺めていましたが、過日は「選挙活動をしていいのは“運動員証”を巻いている人だけ」なる論も。さすがにこれはない。しかし、「黙らせたい」人はこの類いの発言をやめない。北村某の「蓮舫は当選無効で逮捕されるから選挙降りろ&行動は無駄」呼ばわりも然り、この選挙戦ほど「黙らせたい」圧力を感じるものはありません。
そんでも、「“愚かな市民”を押さえつける性格を有した公選法」という権力者からの圧力の間隙をぬって、有権者に働きかける行動を続ける人がいる。都内各所で「ひとり行動」とる方々のように。最近はこういうアウトリーチ?をかける行為を軽視する人もいますが、多くの有権者に政党・候補者が働きかける行為なんて本来もっと規制なく行われて当然のことなはずです。
自民党とその亜流勢力は、己の師事する経済界・富裕層と派遣主義勢力アメリカ至上主義に片寄るがあまり、市井の市民の生活や尊厳を蔑ろにする施策を続けてきました。本来なら市民側からの反撃を招くものですが、社会を操作することで「これ以外道はない」視野狭窄状態に陥らせて、抵抗する力を削いで「比較的多数」は維持する。
「相手の力を削ぐ」ことを力の源泉に…言い替えれば“クセ”“中毒”にしてしまったせいで、その分社会も壊されてしまう。今回政治戦で民主主義を支える機能をうち壊しに。何でもかんでも選挙違反呼ばわりし、「市井の市民」ができることを縮めようとするやり方に唯々諾々と従うことはせず、