
2月19日(木曜日)晴れ。
「ウニクス南古谷」へ、Sさんの運転でポール・マッカートニーのドキュメンタリー映画『マン・オン・ザ・ラン』を見にいく。
少し早めに行って、Sさんはショッピング・モールを散歩し、わたしは映画館の向かいのコーヒー・ショップで、スティーブン・キングの『ランニング・マン』を読む。
久しぶりにキングの小説を読んでみたくなってダウンロードしたが、選択をまちがった。ホラーではなく、激しいバイオレンス小説。荒唐無稽な物語に気持ちがはいっていけない。
これはキングが1982年に「リチャード・バッグマン」という別名義で発表した作品らしい。映画化されたのは最近で、今「ウニクス南古谷」でも上映されている。
映画で見たら、残忍なシーンの連続になりそうで、とてもスクリーンで見る気持ちになれない。
(註:1987年に『バトル・ランナー』《アーノルド・シュワルツェネッガー主演》というタイトルで初映画化されているのが、あとからわかった)
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映画『マン・オン・ザ・ラン』の客席は、7 〜 8割埋まっていた。この映画館では珍しい。
19時から映画がスタート。
先に試写会で見たisaさんが「見たことがない映像がかなりあった」といっていたけれど、たしかにそう。
プライベート映像をたくさん初公開しているので、「静止画」でしか見たことのなかったものが動き出してくる。これはうれしかった。
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あとはわたしのモノローグのようなものですが⋯⋯。
【ウイングス結成まで】
ビートルズが解散して、虚脱しているポールを癒やしてくれたのは恋人のリンダ・マッカートニーだった、と思う。
まもなく二人は結婚する。
ポールは初婚だったが、リンダは再婚で、先の夫との間にヘザーという女の子がすでにいた。しかし、それが二人の結婚の障壁にはならなかった。
著名人やアーティストが集まる華やかなパーティよりは、農場で動物たちと触れ合う時間を好んだリンダは、ポールに群がるきらびやかな女性たちとは異質な女性だった。
リンダと結婚してからの、ポールのスキャンダルを噂に聞かない(「妻一途のロックンローラー」って、奇跡かも、笑)。
とにかくビートルズの解散で方向を見失ったポールにとってリンダは欠かせない存在となる。
ポールは、新しいバンド「ウイングス」をスタートさせるのに、リンダをメンバーの一人に加える。これは挑戦だった。
写真家のリンダに、とくに音楽の経験はない。キーボードなら多少の素養がある。しかし、プロのバンドに参加するとなれば話は別。実際にリンダは、ポールのファン(やっかみ半分)やマスコミから激しいバッシングを受ける。
でも、ポールがヨーロッパやアメリカのツアーから帰るのを、家で待つのはつらい。離れ離れになりたくない。
リンダは、ウイングスに、キーボード奏者として参加する。
こうしたいきさつは、ポールのファンには、新しいことではなくて、雑誌や本で見たり読んだりしてきたこと。ただ、それを未公開の映像をまじえながら追体験していけるのがうれしい。
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【ウイングスをピークへ!】
ポールは、新バンド「ウイングス」をメンバー平等のバンドとして育てたいと考えていたが、天才的な才能を持つスーパー・スターと、技術は優れていても無名のプレイヤーが、ファンやマスコミから対等に見られることはなかった。
メンバーがたえず入れ代わる。
例えばウイングスの最高傑作といわれているアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』(1973年発表)は、レコーディング直前にギターとドラムが脱退してしまう。
ポールがほとんどの楽器(ギター、キーボード、ベース、ドラムス)を担当。デニー・レイン(ギター)とリンダ(コーラス、キーボード)がそれに加わり、三人で創りあげた作品。
最高傑作のアルバムがこれだもの。ビートルズのように、メンバー全員が対等な関係になりようがなかった。
ウイングスの全盛期は、1976年の全米ツアーを収録した映画『ロック・ショー』で見ることができる。またライブ・アルバム『ウイングス・オーバー・アメリカ』(LP3枚組、CD2枚組)で聴くこともできる。
このときのメンバーは、
* ポール・マッカートニー (ボーカル、ベース、ピアノ)
* リンダ・マッカートニー (コーラス、キーボード)
* デニー・レイン (キター、ボーカル、ベース)
* ジミー・マカロック (ギター、ボーカル)
* ジョー・イングリッシュ(ドラムス)
昔、このライブ映画を築地の劇場で見たときは圧倒された。
とりわけ新メンバーのギタリスト、ジミー・マカロックの若々しく刺激的な演奏に感激した。ジョー・イングリッシュもパワーフルないいドラマーだった。
これがウイングスというバンドのピークだった。
若き天才ギタリスト、ジミー・マカロックは、まもなくウイングスを脱退し、その後ドラッグの過剰摂取で亡くなってしまう。享年26歳。
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【ウイングスの終わり】
ウイングス最後のステージは、1979年12月29日の『カンボジア難民救済コンサート』(当時その一部がNHKで録画放映されて、見ることができた)
【最後のウイングス・メンバー】
* ポール・マッカートニー(ベース、キーボード)
* リンダ・マッカートニー(キーボード)
* デニー・レイン(ギター)
* ローレンス・ジュバー(ギター)
* スティーヴ・ホリー(ドラムス)
【セットリスト 】
1. Got to Get You Into My Life (ビートルズ)
2. Getting Closer
3. Every Night
4. Again and Again and Again
5. I've Had Enough
6. No Words
7. Cook of the House
8. Old Siam, Sir
9.Maybe I'm Amazed
10.The Fool on the Hill (ビートルズ)
11.Hot as Sun / Glasses
12.Spin It On
13.Twenty Flight Rock
14.Go Now
15.Arrow Through Me
16.Coming Up
17.Goodnight Tonight
18.Yesterday (ビートルズ)
19.Mull of Kintyre
20.Band on the Run
(ポールを中心に出演者全員でアンコール)
21.Lucille (リトル・リチャード)
22.Let It Be (ビートルズ)
23.Rockestra Theme
クィーン、ザ・フー、全員ではないがレッド・ツェッペリンやピンク・フロイドのメンバーなど凄いメンバーが出演していた。が、ラストはやはりポール・マッカートニーが中心で──。
これがウイングス時代ポール最後のライブになる。
その1ヶ月後──もし1980年1月からのウイングス日本公演が無事おこなわれていたら、「カンボジア難民救済コンサート」のセットリストとかなりの部分重なっていたのではないか。
ビートルズ・ナンバーだけでも、「Got to Get You Into My Life」「The Fool on the Hill 」「Let It Be 」は、ライブで初出し(少なくも日本人には)。観客席が「ウォー」と叫び、盛り上がるのが目に浮かぶ。
しかし、結局それはならなかった。
1980年1月16日──日本公演で来日したポールの荷物にマリファナが発見される。ポールは即逮捕され、全11公演が中止になった。ポールは、9日間抑留生活を送る。
なんてことだ!──なんてことだよ、しかし。チケットは苦労して手にいれていたし、焦った。
日本でのポール逮捕がウイングス解散の直接原因ではないかもしれないが、まもなくウイングスは活動停止する。
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ほとんど映画をハミ出した「感想」になってしまった(笑)。
ビートルズと比較されるプレッシャーをのりこえて、ポール・マッカートニーはウイングスをビッグなロック・バンドに創りあげた。
懐かしい10年間──それはわたしの二十代とも重なる。
その頃、萩原健太さん(音楽評論家)が言っていた。
「いまウイングスはビートルズと比べて過小評価されているけど、もっとあとになって振り返ったらまた違う評価になるんじゃないかな」(概要)。
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映画『ロック・ショー』から「メイビー・アイム・アメイズド」。
「カンボジア難民救済コンサート」。出演者全員で「ルシール」。ポールには、ウイングス時代最後のライブになる。