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Sさん階段を落ちる 〜 8月15日「敗戦記念日」に永井荷風を想う。

浅草仲見世通りを歩く永井荷風木村伊兵衛撮影)。

 

 

8月11日(月)。断続的に雨。

Sさん、ミレイ(孫)のバレー発表会に行き、会場の階段から転倒し、4〜5段落下する。

 

会場のスタッフが救急車を手配してくれて、近くの病院へ搬送。レイコ(娘)とわたしも救急車に乗り同行した。

 

レントゲンの診断は骨折なし。ただ右手を打撲する。落ち方が派手だったので心配したが、仕切りの壁に打ちつけた頭も異常なし、というので、まずは安心する。即日帰宅可。

 

一緒のクルマで来た的場の娘家族(4人)と川越へ帰る。

 

 

 

 

 

8月15日(金)、敗戦記念日

また今年も、多くの政治家たちが靖国を参拝している。見るだけでゲンナリ。すぐテレビを消す。

 

 

夜半、川本三郎氏『荷風の昭和』下巻を読了。

 

川本三郎氏は、荷風が残した日記『断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)』を深く読みこんで、昭和の時代を生きた永井荷風の日々を追う。

 

 

さらには、さまざまな小説家や同時代の証言を引用して、永井荷風が生きた昭和という時代を探索する。

 

 

 

荷風は4度空襲に会っている。

 

 

住んでいた「偏奇館」(東京)を焼失した。

 

 

以後、東中野(東京)、明石市兵庫県)、岡山市岡山県)など疎開先を転々として、戦後は市川市(千葉県)に居を定めた。

 

 

岡山の空襲では危うく命を落としかけている。

 

 

荷風には「国のために命を捧げる覚悟」などという戦時下に求められた気概はない。軍人を嫌った。

 

 

「男性の勇猛さ」より「女性のたおやかさ」が好きな人。

 

 

反戦の声をあげることはなかったが、戦争賛美の国策文学も書かなかった。

 

 

 

わたしは靖国神社を参拝する政治家たちを嫌悪しながら、「非戦」の日々をひっそり生きた永井荷風に想いを馳せる。

 

荒涼とした風景を好んだ荷風

 

 

 

 




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