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【※ネタバレ有】大阪・関西万博「いのちの未来」が刺さりすぎた話

8月13日(水)
お盆休み真っ只中、母と姉と万博に行った。

夏パスを購入してから3回目の万博。
少しずつ万博に慣れ始め、勝手が分かってきた頃だった。「なんか楽しいらしい」というふわっとした噂をあてに、セルビアパビリオンの待ち列に並びながら、同じくやっと勝手が分かってきた当日予約に励んでいた。そんな時、運良くぽんっと取れた予約。

石黒浩シグネチャーパビリオン「いのちの未来」

うわー!マツコさんのアンドロイドあるところやん!しかもシグネチャーパビリオンやし凄そう!やったー!とめちゃくちゃ喜んだ。
事前に知っている情報はそれだけだった。

セルビアパビリオンで、きゃっきゃビー玉を転がして楽しみ、美味しいと噂のコロンビアパビリオンのカフェラテを飲み干した後、意気揚々と向かった「いのちの未来」が、まさかこんなに心に刺さるなんて、思っても見なかった。


▼パビリオンに入ると1人1台渡される立派な骨伝導イヤホン。まだこの頃は、ただただきゃっきゃしていた。


イヤホンを着けて、いざパビリオンの中へ。
初めのスペースには埴輪、土偶などが並び、1番右端にはアンドロイド。解説を聞きながら、「人型の色々な像から、どのようにアンドロイドに進化していったのかという技術に関するパビリオンなのかな。その最終形態がマツコアンドロイドなのか」ぐらいに思いながら見ていた。

そして案内ロボットに誘導されながら、次のスペースへ。掲げられていた看板には「2075年の、ある人生」と書かれていた。
上りエスカレーターの壁には、少女や家族の写真が。この時はまだ何がなんやら分からず、ただぼーっと写真を眺めていた。

エスカレーターをのぼりきると、そこには一体のアンドロイドがベンチに座りながら、スクリーンに映る、とある家族の映像を眺めていた。少女が誕生日ケーキのロウソクを吹き消す瞬間や、犬と戯れている瞬間などが流れている。
映像を見ているアンドロイドは、少し腕を動かしたりしているが、いまいちここでも何が起こっているかは分からない。ただあまりにも幸せそうな光景に、少しうるっと来てしまった。

その後、別のスペースに進んでいくと、このパビリオンでは、あるおばあちゃんと孫娘カナの話が描かれていることに気がつく。
2075年、アンドロイドと共存する社会で暮らすある家族。カナの母親はホログラムの映像では出てくるけどもう亡くなっているのかな?父親はどの人?という小さな疑問は抱きつつ、カナをおばあちゃんが大事に大事に育てていることが分かる。

「いつか大きくなったらダンサーになるんだ!で、おばあちゃんがピアノを弾くの!」と無邪気に話しながら、おばあちゃんのピアノで踊るカナの光景は本当に微笑ましかった。

そんな暮らしが続き、カナが大きくなった頃、おばあちゃんの命がこの先長くないことが分かる。
おばあちゃんには「人間として一生を終えるか、アンドロイドに記憶を引き継ぎ延命するか」の選択肢が与えられ、恐らくカナは延命をして欲しそうだが、おばあちゃんは人間として一生を終えることを選択する様子で…

その後、カナが産まれた頃からこれまでを振り返る記憶映像を見ながら、ゆっくり日々を噛み締めるように思いに耽るおばあちゃん。
最後のおばあちゃんの「アンドロイドになるということは、きっと私の愛をこの世界に残すようなものよね」という一言には、思わず涙がこぼれてしまった。

そして最後に辿り着くスペースには、沢山のアンドロイドが。旅行に行く話を楽しそうにしているアンドロイドや、ダンスをしているアンドロイド。
そしてマツコさんのアンドロイドはここで登場か…!

当初の想像とは全く違う形で会えましたが、2075年でもアンドロイドとトーク番組を繰り広げているマツコさんを想像したら素敵だった。
なんだかいいかも、アンドロイドとの共存社会というものは。あのピアノを弾いているアンドロイドは、おばあちゃんなのかな?アンドロイドになる選択をしたのかな?などと想像しつつ、少しハッピーエンドな空気を携えたまま、もう少しパビリオンは続いた。





最後のスペースは、さらに1000年後の未来へ。

うわあ…ええ?
思わずちょっと後退りしてしまった空間。
さっきほろっと溢れた涙も、ハッピーエンドぽい気持ちも、瞬時に帳消しにされてしまった。
1000年後。3体しかいないこれは何なんだろう。ゆったり舞う姿は、神のようでもあったし、綺麗でもあったし、でもおぞましくもあり、うわーまじでなんなんだこれは。

アンドロイドを通して、いのちを永らえることに欲を出しすぎた結果の戒めなのか、それとも全てから解き放たれた姿なのか。
とりあえず、最後の最後に頭をぶん殴られた気持ちでパビリオンを終えました。
これはとんでもないものを見てしまった。



パビリオンを出てからも、数日経ってからも、ずっといのちの未来のことを考えてしまった。一緒に行った母には「なんかまた悶々と考えてるんやな」と笑われたから、多分刺さる人にはブッ刺さるし、全然刺さらない人もいる。

私個人としては、刺さりまくりであれからずっと
死ぬことと、生きることを考えてしまっている。

私の死生観は、30代半ばに差し掛かった今でも、子供のままのような感じで、死ぬのがめちゃくちゃ怖い。幼い頃に、いずれは死ぬことを初めて自覚して怖くて寝れなくるような現象が、恥ずかしながら今なお時々起こったりもする。

「そんな長生きしてもなー」「死ぬ時はコロっと死にたい」みたいな話の方がよく聞くから、恐らくここまで怖がっている方が少数派なんだろう。

しかし、得体が知れなさすぎるし、寝たまま一生目が覚めないなんて怖すぎる。あの人も、この人も、もちろん自分も命ある限り、いつかは死ぬんだと分かっていても本当に怖い。なるべく可能な限り、生にしがみつきたいと思っている。

一方、生きるのがしんどいという意見もあって、なんなら自分で終わらせることも出来てしまう。それが良いことか悪いことかという議論は非常に難しいのだけれど、生にしがみつくことより、死を選択する方が、もしかすると今のところ実践しやすい状態なのかなと思ってしまった。

ある人にとって死を選ぶことが救いになるのなら、恐らく少数派かもだが、寿命よりも長く長く生を選ぶことが救いになる人もきっといるのではないか。そして自分がどちらかというと後者寄りの考えの中、医療の進歩以外で、「アンドロイドに記憶を引き継ぐ」という選択肢が増える未来が訪れるかもしれないということに、とても救われた気がした。

人によって価値観は多種多様だから、アンドロイド=人間なのか?(これは本編でも出てきた議題)ということや、不自然な生になるのではないか、そこまでして生きたくないなどと言った意見ももちろんあると分かった上で、いろんなことを考える時間が持てたこと。
「いのちの未来」に出会えて、本当に良かったと思いました。


▼後日、夫と行った際にも当日予約を見事引き当て2回目の体験!2回目となると、もうエスカレーター上る時の写真から涙腺に来る。
エヴァンゲリオン好きの夫は1000年後の未来を見て、「セントラルドグマ…?」と呟いていた。
3体がひとつになった姿は、確かに人類補完計画に近しいものもある気がする。色々突き詰めていくと、人はやがてひとつになりたがるものなのだろうか。

2回も当日予約を取れたなんて、これは運命だ!と思って石黒教授の書籍も購入。嬉しくてきゃっきゃしていたら、パビリオンのスタッフさんに「外国の方ですか?」と声をかけられた。
「あ、大阪です…」と返してしまったが、海外の方にも刺さっているのかな。
本はまださわりしか読めていないのだが、パビリオンのストーリー内で出てきた手を叩いたら風景が変わる家や、記憶を映像に残してくれるロボットなど近未来的な物の数々は、「こんな未来があったらいいな♪」という空想ではなくて、しっかり協賛の企業と話し合って、50年後に各企業が作るかもしれない商品らしい。おもしろすぎる。早くしっかり時間を作って読みたい…!




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