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一番の思い出の海・・・

出会いが多い分、

必然的に、別れも多くなる。

この仕事を、時折、恨む事があるが、

それは宿命的な十字架であろう、

 

 

元旦の日に倒れ、

そのまま帰らぬ人となった。

中学時代からの友人、

これと言って、深刻な悩み事も無い、

 

 

若い時代を一緒に過ごした。

悩みでは無く、

お互い人生を模索していた時期だった。

供養にでもなればと、

 

 

思い出話の一つでも、

と、思ったら、多すぎて、

何を話せば良いのかすら、

解らない、しかし、

 

 

北斗の拳ラオウのような、

体をしていた彼が、

いまだに、全く信じられない、

若き日にいつも、どこからか、

 

 

アルバイトを探して来ては、

一緒に行こうと誘いに来る。

色々とやった。

私の結婚式では、

 

 

乾杯の音頭を取ってくれた。

泉のように、思い出が溢れ出して来る。

書き出せば、一年ぐらい、

このブログが続くかも知れない、

 

 

と、まだ混乱している。

と、ここに書けない事も多い、

若気の至りと言うのか、

二人で、悪さも沢山したが、

 

 

今では、笑えるような、

事なのだが、しかし、

何度一緒に行っただろうか、

海へ・・・

 

 

その中でも、彼との一番の思い出の、

海の話をしょう、

あれは、幾つだっただろうか、

確か、二十歳を過ぎた頃だったと思う、

 

 

まだまだ、情報が無い時代だった。

波乗りも、少し乗れるようになった。

そんな時だった。

冬の日本海に大きな波が来ると、

 

 

なら、行こうと、

11月の下旬頃だった。

恐ろしく寒かった記憶がある。

私が当時乗っていたオンボロ車で、

 

 

高校からの親友と、

彼と、私と三人で、

しかし、道も解らない、

兎に角、北を目指そうと、

 

 

が、ドンドンと険しい山道になる。

霧も出て来る。

どこを走っているのか、

サッパリ解らない、

 

 

暫くすると、

市街地のような所に出たが、

全く道が解らない、

その時は、彼が運転していたのだが、

 

 

道をフラフラ歩く、

おじさんを見つけた。

すると・・・

     つづく・・・

 

 

 




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