いきなりだが、椎名林檎を「天才」と形容するのは簡単だ。大谷翔平だって藤井聡太だってそのジャンルでは歴史に名の残る天才だ。しかし、天才であることと自分の嗜好にフィットすることは違う。私にとってその両方を兼ね備えている人物は数える程しかいないが、その中のひとりが「椎名林檎」その人だ。と、格好つけた言い回しだが単なる凡人が好きなアーティストを讃えているだけの話。
さて、そんな今回は彼女が所属しているバンド「東京事変」の話。このバンドが面白いのは、バンドをやって成功したというわけではなく、成功した人たちがバンドをしている形がポップシーンのど真ん中にいるから。考えてみれば、世の中にはそういった形のバンドはたくさんあるので珍しいわけではない。わかりやすいところでいえば、ジャズやフュージョンと呼ばれるジャンルは当たり前なこと。話が逸れてしまっているので、東京事変に話を戻したい。
また、映像作品を「私的名盤考察」にしてみたい。DVDも盤には変わらないし、ライブ盤の様相も含めているから今一度考察するに値すると感じた。そこで、東京事変「Dynamite out」をピックアップしてみたいと思う。現代から見えるこの作品の形を探ってみたい。今回も同様、名盤考察とは大それたものではないが、紐解いていければよいと思う。
まず作品の概要。2005年に行われた初のライブ・ツアー「東京事変 live tour 2005 “dynamite!”」より2月9日の名古屋センチュリーホール公演の模様を収録したライブDVD。1stアルバム「教育」収録曲を中心に椎名林檎のソロ曲やカバー曲など、CD未発表曲4曲を含む計25曲を収録している。当時オリコン・デイリー・チャートのDVD音楽部門で1位をマークした。曲目順に並べてみたい。
1.林檎の唄
2.入水願い
3.遭難
4.ダイナマイト
5.ここでキスして。
6.顔
7.if you can touch it
8.母国情緒
9.車屋さん
10.月に負け犬
11.同じ夜
12.現実に於て(インストゥルメンタル)
13.現実を嗤う
14.恋の売り込み
15.スーパースター
16.透明人間
17.駅前
18.Σ ~ クロール
19.丸ノ内サディスティック
20.その淑女ふしだらにつき
21.御祭騒ぎ
22.サービス
23.群青日和
24.心
25.夢のあと
何気にすごい楽曲のライナップである。アルバム曲でありながら導入部分を聞くだけでファンは発狂してしまう「母国情緒」「月に負け犬」「丸ノ内サディスティック」が演奏されているのはおいしい。極端な話この3曲だけでも個人的にはかなり得した気分になる。
さて、そんな個人の感想だけでもつまらないので今の時代からみたこの作品を考えてみたい。東京事変として初のライブ・ツアーということは現在とメンバーが異なる。ギター(晝海幹音)とキーボード(H是都M)がそれぞれ異なる。このライブツアー終了後に脱退を発表したので、このメンバーでのライブ音源は貴重だといえる。2005年の作品であるため、今から見れば随分前の作品に感じるが、椎名林檎さんがデビューしてまだ10年経過していない。しかし、どこかいっときのピークは過ぎ、落ち着いた雰囲気を感じていたのも事実だ。世の中があまりにも急速に加熱してしまった「椎名林檎という天才」の立ち位置を改めて確認した時期なのかも知れない。では、具体的な内容に触れていきたい。
まずこのライブは「林檎の唄」から始まる。この曲は椎名林檎ソロ名義で、産休から復帰作品としてNHKみんなのうた「りんごのうた」で話題になった。当時はほくろを取っただなんだでMVが注目された楽曲だった。ソロではひらがなだったが、東京事変では漢字に歌詞を改めてセルフカバーと気持ちの切り替えを感じる。
「入水願い」「遭難」「ダイナマイト」と東京事変の楽曲が続き、ソロ時代の名作のひとつ「ここでキスして。」で一気に観客の空気感が変わる。思わず声が出ている観客の雰囲気は、当たり前だが椎名林檎ファンで埋め尽くされているんだと感じてしまう。続く「顔」とそれに続く「if you can touch it」はギターの晝海幹音ことヒラマミキオ作曲の2曲は今となってはレア曲だ。
ここで個人的な序盤クライマックス「母国情緒」。林檎さんのキュートさやセクシーさ、シビアな部分とお遊びなど様々な要素を詰め込んだ楽曲だと思う。タンゴのような曲調かと思えばマーチのような雰囲気となり、間奏では「猫ふんじゃった」を混ぜ込む展開は煌びやかだ。冒頭の歌詞「猫のまなこと犬のお耳であなたにご挨拶」という特異な表現も見逃せない。併せて、椎名林檎の歌唱力・表現力が極めて高いことを認識できる、まさに「天才的」な1曲だ。
その後の「車屋さん」のカバーも秀逸だ。美空ひばりさんの代表曲のひとつだから、子供ながらに聞いたことのある曲を椎名林檎が歌う。この曲はかなり粋な歌詞だということは、年を取った今よくわかる。あの昭和最大の歌姫「美空ひばり」に変わって歌うということは、まだ若い椎名林檎に対する周りの視線はすごかったと思うし、その覚悟は凄まじかったと思う。
そして「月に負け犬」が流れたときの観客の反応は「ここキス。」よりさらにギアが上がる。「現実に於て」「現実を嗤う」「恋の売り込み」と、しばらく東京事変の曲が続き、このとき新曲が2つ披露される。それは名曲「スーパースター」と「透明人間」だった。両曲とも亀田誠治作曲という東京事変だからこそ生まれた、後々まで歌われる事変の代表曲だ。それぞれある人物をイメージした楽曲というのも、どこかテーマに共通性を感じるのが面白い。
ライブに話を戻したい。「駅前」「Σ ~ クロール」「その淑女ふしだらにつき」「御祭騒ぎ」「サービス」あたり、東京事変の楽曲が並んでいる中に、サラッと「丸ノ内サディスティック」を差し込み観客を煽る。そしてトドメに飛び出すのは「群青日和」。
この「群青日和」は個人的にも思い入れが深い楽曲だ。妊娠、結婚、出産、離婚とプライベートで目まぐるしく大きな変化があった椎名林檎。今思えば「KSK」を当時聞いたときの印象は「混迷」だったし、天才的なアーティストがこのままどうなってしまうのだろうと思っていたところにバンド結成の話。そこで飛び出したのはバンドサウンドな楽曲だった。ギターを抱えて歌うMVに釘付けになってしまったのを覚えている。
少し話が逸れてしまうかも知れないが、椎名林檎好きの私が1回目聞いたから度肝を抜かれた楽曲がこれまで3曲ある。「本能」と「緑酒」、そしてこの「群青日和」だ。これらに共通することはバンドサウンドであることと、何回聞いても聞き飽きず最初と同じ感動を感じることだ。だが、聞き飽きない理由はよくわかっていない。とにかく好きだ、としか表現できないが、科学的に紐解けたときはまた解説してみたいと思う。さて、この「群青日和」のあとは「心」と「夢のあと」でこのライブは終演を迎える。ここで少し考えてみたいと思う。この映像作品の存在意義を。
この東京事変の大多数、というかかなりの割合のファンは椎名林檎からスライドしてファンになっていると思う。少なくともスタート地点ではほぼ全部に近い人たちが椎名林檎はじまりだったと考えられる。本当はアヴェンジャーズ的バンドなんだけど、「椎名林檎」というブランドが濃すぎて、周りの存在が霞んでしまっていた。しかしながら時間の経過とともに他のメンバーにもスポットライトが当たり出したときこのバンドの魅力がさらに高まっていったように感じる。そんなバンドが最初の本格的なお披露目をおこなったのがこの映像作品のツアーだった。
そして、このツアーは椎名林檎というアーティストの再出発点にあたるのかも知れない。もしかしたら、東京事変が無ければ今も現役アーティストの椎名林檎は見ることが出来なかったかも知れない、それくらい亀田誠治氏のファインプレーバンドなのだ。そのあたりの話は別記事である私的名盤考察「KSK」や「音楽」にも書いてあったりなかったりするのでそちらもどうぞ。そんなバンドの原点と椎名林檎ソロのエッセンスも十分垣間見ることが出来る貴重な映像作品だ。
この私的名盤考察シリーズの記念すべき10回目は、前作から半年以上空いてしまった。しかも今回の話は1年近く前から書き始めており、未完成のまましばらく手付かずだった。だけどなんとか10回目を書き上げるべく、この作品の素晴らしさをを伝えるべく、いくつかの未完成「私的名盤考察」の文章を尻目になんとか書き上げてみた。 現代から見えるこの名盤の素晴らしさをほんの少しでも感じていただけたらありがたい。私のブログは音楽に触れる「きっかけ」を作り出すために日々記している。今回の話で東京事変の「Dynamite out」を1回聞いてみようと思って頂ければこの上ない。
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