2025年2月28日の、トランプさんとゼレンスキーさんの激しい口論となった動画を見た。
ロシアとウクライナの戦争について、ずっと割り切れない気持ちを抱えている。
不条理でも条件を飲んで停戦するしかない、と知った顔で言うリアリストは嫌いだ。
でも民主主義の敵だ許せないと言う口だけの理想主義は無意味だ。
無反応な人々にも腹が立つ。
僕は態度を決めかねている。
ウクライナの選択肢は限られている。
- A.大国の支配を受ける(虐殺がまた起こるかも)
- B.他の国を巻き込む(核戦争になるかも)
- C.自力で抵抗し長引かせる(死傷者が増える)
- D.領土とレアアースを渡してとりあえず停戦する ←NEW!!
どれも辛い。
僕は「四択のうち、どれを選ぶか」の議論にすら参加できない。
この四択から選ばなければいけない状況になった現実を、受け止められてない。3年も経つのに。
この中から選ばなきゃいけないって状況が間違ってる。
このニュースに関する数ある反応の中で、「そもそもNATOに入ろうとしてロシアを刺激したウクライナが悪い」と言う人の気持ちに、僕は一番共感する。その考えなら、この世界がまだ公正だと信じ続けられる。
今回の会談に対しても、ゼレンスキーさんがミスをしたのが理由だという言説が溢れていて、また繰り返しだ。
そういった「公正世界仮説」に染まれれば、僕も気持ちの整理がつくだろうけど……ウクライナで実際に人の命が奪われていることを思うと、ブレーキがかかる。
軍事力が弱い国が、強い国に振り回されるってこと自体がおかしい。でも現実には弱い者と強い者がいる……。
トランプさんの言動を見ていると、今までいかに僕らが単一の価値観で物事を判断していたかを思い知る。
自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済が良いことこの50年、世界中の人々は信じてきた。
そんなの建前だけだ!と言う人もいるだろうが、建前だけでも価値観を共有できただけで凄いことなのだ。おかげで、遠い国の人とも同じ正義を持つことができた。(価値観外交)
この価値観は普遍的なものであり、人類が長い争いの歴史の末にたどり着いた答えで、これらを認めない中国やロシアや北朝鮮は弱っていくだろう、というストーリーをみんな信じていた。「歴史の終わり」ってやつだ。
国同士の話だけでなく、僕らが日常の問題を扱うときだって、より人権を尊重する選択肢が良いものだと信じられている。具体的な手法は「これからみんなで考えていかなければなりませんね」なんて風に誤魔化されるが、それでも目指す方向はあった。
アメリカは、自由と人権の主導者だった。だから世界のリーダーだった。
なのに、「弱い人の自由とか人権とか知らん。それ守ってうちに何の得があるの?」って言ってしまった。
ああ、それを言っちゃおしまいだ。
嘘であろうと綺麗事の元にしか人は集まれないのに。
でも、自分がすごくつらいのに建前言ってんじゃねえ!ってアメリカの人がトランプさんを選んだんなら、それが悪だと僕は言えない。そもそも選挙結果に外様からどうこう言えない。
いやトランプはビジネスマンだから、最初にカマしただけで合理的な策略があるに違いない。大騒ぎしたら負けだ、という人もいる。
それもまた「公正世界仮説」だろう。
きっちり論理的なことは言えないんだけど、世界中すべての人の人権を守るのは無理っぽい、ということにみんな気づき始めてるでしょう。
たとえ日本国民の全員が基本的人権を享受できたとしても、どこの発展途上国の人は搾取に苦しんでいる。
今の価値観は「まぁ人権守るって言っても、今できるだけね。いつかは全人類の人権守ろうね」みたいな、努力義務的な感じでお茶を濁すんだけど、そんなの幻想じゃんって言われれば、もちろん幻想だ。幻想によって、ちょっとずつ人権を守ろうという意識が世界に浸透していったわけだけどさ。
でも世界一力がある人が、幻想だって言っちゃったんだもんな。
なんか結局、人間が人間であるかぎり想像力には限界があって、世界の反対側のこと想像しろって言われたってできないんだよな。
グローバル化によって、遠い所と関係するようになったんだけど、一般人には想像できないまま関係している。
ネット上の誹謗中傷なんかも、人間の想像力の限界だなって思う。ネットやメディアでしか見たことない人が本当に生きているって人間は想像できないから酷い事たくさん言えるんだろう。閑話休題。
そら、「遠い国の人の人権が侵されています、お金出してください」って言われてもピンと来ないのは当たり前だ。
ねー。どうしたらいいんだろうね。
いっそ、目で見える範囲だけを大事にするって考えもある。なるべく大企業のものを使わずに、身内で経済を回す。地方創生と相性がいい考え方だ。
どうなんだろうなー。「働きたくない」「社会は労働時間を少なくするために進化するべきだ」というのが僕の出発点だ。労働時間を減らすには、仕事を効率化しなければならない。仕事を効率化できるのは、大企業だけだ。
それにGoogleやイオンモールは無料で居場所を僕らにくれる。大企業のおこぼれに与って、社会の片隅でほそぼそと生きていく。これは僕がやっていた「山奥ニート」の考え方だ。
だけど、最近じゃこの考えはどうも間違っていたようだと思えてきた。ツイッターは無料で使えていた。フォロワーやリストを工夫したり、外部のアプリを使ったり上手く工夫することで、無料のまま有効に使っていた。
ツイッターがXになっても、無料のまま使えている。でも工夫程度でどうにかなるものじゃなくなった。Amazonプライムも値上げみたいだし、結局大企業の都合でいつでもひっくり返ってしまう。
ここまで、まとまりのない文書を読んでくれてありがとう。
じゃーどうしたらいいのか。
わからないから悩んでいる。
僕は今、モラトリアムの最中だ。山奥ニートをやめてからのこの1年、毎日子供を家の中で過ごしている。社会との関わりはほとんどない。安全で、落ち着いた日々だ。
でも4月から子供は保育園に入る。子供は社会に出るのだ。
僕はいったい何をしたらいいんだろう。
「いつか世界中の人の人権が守られる日が来る」という、この世界で唯一、全員が協力できる可能性があったバベルの塔はまもなく倒れる。
その後は、人々はそれぞれの正しさを探して、それぞれが持つだろう。それは争いが起こり、力と力が衝突するってことだ。
そんな世界で僕は。