小型の国語辞典ばかり続けていてすいません。それだけ、このカテゴリーは翻訳者にとって存在価値が大きいということです。もちろん、序文を見ていくのがおもしろいという大きな理由もあります。
今回は、『例解新国語辞典』と並んでわたしが推している学生向け国語辞典、『三省堂 現代新国語辞典』(以下、「三現新」)を取り上げます。
翻訳でもそれ以外でも、文章を書くときの難易度としては「一般社会人向け」を意識することが多そうですが、もう少し下げて高校生くらいの語彙力を物差しにすることもあります。高校生でも知っているくらいの語句なら、社会人も含めて誰にでも通じるだろうという目安になりますし、一方では現代的な語彙や概念の補助線にもなるからです。
そういうとき頼りになるのが、「高校教科書密着型辞典」という特色を打ち出している「三現新」なのでした。
データ
最新版:第七版(2023年10月刊)。
発行元:三省堂
媒体:書籍、ことまな+、LogoVista、物書堂
「まえがき」より
第七版(2023年刊)の「まえがき」から引用します。
『三省堂現代新国語辞典 第七版』は、平明な記述と、いわゆる新語・新語義の積極的な採録を心がけることにより、中学生から一般社会人まで、今を生きる方々に幅広くお使いいただけるように編集された辞書です。わけても、高校生の教科学習と言語能力の向上に資することに重きを置き、そのための独自の配慮が施されています。
(太字は引用者。以下同)
これによると、想定ユーザーはいちおう「中学生から」ということになっていますが、「# 辞書の序文を読む―その6」で取り上げた『例解新国語辞典』と比べると、やはり高校生(以上)がメインターゲットです。具体的には、ここを読むとわかります。
高等学校国語教科書への対応をいっそう強化すべく、今改訂でも、再編された新科目『現代の国語』『言語文化』『論理国語』『文学国語』の各社版を調査し、各現代文教材に用いられている語句・語義を、この辞書にしか載っていないものを多数含め、丹念に採録しました。
要するに、高校生が国語の授業で遭遇する語句・語義はこの辞書ですべてカバーできるようにする、というのが一大方針になっているわけです。その最大のポイントは、特色の②として紹介されています。
現代文教材や大学入試に大きなウエイトを占める、いわゆる評論文キーワードへの対応をますます強化し、この辞書でしか調べられない評論文特有の語句・語義・用法を含め、わかりやすく丁寧に説明するように心がけました。
実際、意外な語彙や語義が見つかることは少なくありません(例は後述)。
この辞書のそれ以外の特色をまとめると、こんな感じです。
- 重要古語を新たに収録し、現代語につながる古語は、古語としての意味を見やすくした。
- 国語の教科書に限らず使われている一般語句や新語、欧文略語などを合わせて約三千項目を増補。
- 同訓の語(沸く/湧くなど)、同音の熟語(開放感/解放感など)を調べやすくした。
- 標準的表記と参考表記との両方を示した。
- ことばの〔用法〕、類義語の〔比較〕、〔由来〕などを随所に示した。
- 同じ語が下に付く複合語を集めた「下部同一語群」を、表組みの形で示した。
また、以下の特徴にも注目です。
語彙力の増強を重視して、群を抜く量の類義語・対義語・関連語を掲載しました。また、コラム(=囲み欄)として、見出し語の複合語・熟語や類義・関連表現などを幅広く集めた「ことばの世界」を随所に置きました。
こういう特色を見るだけでも、やはり翻訳者にとって便利このうえない辞書であることが想像できるはずです。
三省堂のWORD-WISE WEB
辞書本体の「まえがき」のほか、こちらのページも参考になります。
dictionary.sanseido-publ.co.jp
「まえがき」にない詳しい情報も載っています。たとえば、最近の高校国語教科書に採用されていて、この辞書が対応している教材の一覧もあります。これを見ると、定番ともいえる近現代の小説や評論だけでなく、吉川浩満とか今井むつみとか、かなり新しい内容も最近は教科書に採用されていることがわかります。
事例その1
「三現新」で「暴力」を引くと、こう書かれています。
①人の体に危害や苦痛を与える、乱暴な行為。「―を振るう・―を受ける・性―の被害・言葉の―」
|用法| 精神的に苦痛を与える行為や、自由を奪う行為などにも言う。|類| バイオレンス
②[哲学・現代思想で]独占的に行使される強制力。「[国家の]―装置(=警察・監獄 かんごく・軍隊など)」
「用法」として精神的な暴力に言及しているのもすばらしいですが、注目は②の語釈でしょう。哲学・現代思想の文脈で使われる「暴力」を取り上げているのは、大中小の国語辞典すべてを通じて、「三現新」だけでした。「まえがき」に
各現代文教材に用いられている語句・語義を、この辞書にしか載っていないものを多数含め、丹念に採録
と書かれていた、まさにそのとおりの一例といえます。
事例その2
ある書籍を訳していたとき、「ポンジスキーム」が載っているのを発見して驚きました。
投資詐欺の一種。出資者から集めたおかねを運用せず、あとから参加した別の出資者のおかねを配当金などといつわって渡し、それを自転車操業のように続けるもの
『デジタル大辞泉』には載っていて、こちらは大辞典ですしオンライン更新されているので当然ですが、よもや高校生向けの国語辞典に載っているのは、思いもしませんでした。いったい、どこの国語教科書に出てきたのでしょうか……
事例その3
今日の授業でも「ウェルビーイング」というカタカナ語が話題になりました。このカタカナ語が載っているのは、めぼしい国語辞典のなかでは『大辞林 第四版』と『デジタル大辞泉』、そしてこの『三省堂現代新国語辞典』(以下、「三現新」)だけでした。しかも、
健康で幸福な状態。
|参考| SDGsでの訳語は「福祉」。
参考情報としてSDGsに言及しているのは、三現新だけです。語義そのものあっさりしていますが、こういう参考情報があることで、わりと最近になって注目されている言葉と概念なのだということがわかります。
最近取り上げてきた国語辞典は書籍しかないものばかりでしたが、「三現新」はLogoVistaからも物書堂からも出ており、また書籍を購入すればオンラインサービス「ことまな+」でも使えます。使ってみたくなった方は、ぜひお試しあれ。