わたしが愛用しているDONGRI*1にも、Office対応のプラグインができ(てい)たようです*2。

(アクセスしたときランダムで表示されるTips画面より)
この手のプラグインのように、「手軽に辞書を引くしくみ」はいろいろ出回っています。
- 辞書ソフト(JammingとかEBWin4)のクリップボード検索。語句がコピーされると自動的に検索を実行する
- ATOKのおまけ機能「イミクル」。単語をダブルクリックすると辞書の意味が表示される
- Kindleの内蔵辞書。単語をタップすると辞書の一部を確認できる
わたしも、Kindle読書のときはよく使います。でも、翻訳するときとか何か書くとき、つまりパソコンに向かっているときは、こういう機能をほとんど使ってないことにあらためて気づきました。
クリップボード検索は、そのオプションを初めて知ったとき試しに使ってみて、5分でやめました。コピーするたびに、というのが意外と煩く感じられたからです。ATOKの「イミクル」も、機能が付いたとき使ってみたきり、ほとんど使わなくなりました。
で、先ほどDONGRIで見かけた冒頭の機能を見ても、あまり試す気にならなかった――なんででしょう? 我ながらちょっと不思議です。
翻訳者は、辞書が電子化されて以来、できるだけ「効率的に辞書を引く」ことに情熱をかけてきました。
串刺し検索は神
ってなものです。わたし自身も実際そうでしたし、そのための研究も続けてきて、そこで得た情報をあちこちで話したり書いたりもしてきました。でも、十数年ほど前からはEPWING規格全盛時代のように「ひとつのソフトウェアで完結」する環境は望めなくなってきて、
辞書環境をいくつも併用
するのには慣れました*3。さらに数年前からは、紙の辞書も含めて
辞書引きは効率第一ではない
と考えるようになっています。
いや、もちろん翻訳しているときは、AutoHotKeyを使ったりして効率化は思いっきりしています。ただ、そういう効率化と
- 辞書をいくつも(ときには20種類以上)引く
- 紙の辞書を複数引くことも厭わない
- 語源や語誌、語義変化などの背景情報も気が済むまで追ってみる
といった使い方とは、当たり前に両立するものなんだと思います。
よほど時間に追われているのでなければ、そんな風にじっくり辞書と付き合うほうが楽しい。仕事に追われているときはしかたがないけど、できるものなら、そこまで時間に追われないスケジュールを心がける。
そういう接し方と、わたしがプラグインとかクリップボード検索とかイミクルとかを使わないのは、たぶんひとつながりです。言葉にしてみると、要するに
意識的に辞書を引きたい
んじゃないでしょうか。効率化はするけど、受身で訳語を待つのではなく、自分から意識的に「手間」をかけて辞書のなかをわたり歩く。それが、なにより楽しいし、たぶんわたしの頭のなかで何かをつくっているんでしょう。
■
そういう自分なりの整理に(も)役立ったのが、この本です。
基本的には中高生向け、場合によっては小学生向け、そして小中高の(英語の)先生向けです。が、翻訳者にも役に立ちます。少しだけ引用します。
Sweller(1988,1994)の〈認知負荷理論〉(Cognitive Load Theory)と呼ばれる語彙習得の理論でも,「探して」「選んで」「考える」という手間をかけるほど,記憶に残りやすくなると言われています。(『辞書で身につく本当の英語力』p.21より)
(太字は原文まま)
翻訳者なら薄々でも体験的に知っていることです。それだけでなく、人工知能(AI)がいよいよ本格的に人の知的活動の領域に侵食しはじめたこの時代に、わたしたちがよくよく考えなければいけないテーゼにもつながる指摘ではないでしょうか。
しかし,すぐに答えが得られる環境では,自分の頭でじっくり考える経験が減ってしまうおそれもあります。だからこそ今,情報を〈読み取り,比較し,取捨選択して再構成する〉力,つまり認知的体力が問われているのです。(同書p.26より)
(太字、同上)
ここに書かれている
情報を〈読み取り,比較し,取捨選択して再構成する〉
って、わたしたち翻訳者の仕事そのものだと思いません?