Twitterを見ていると、不定期にこんなタグが流れてきます。
#どうやって翻訳者になったか
#実績ゼロから翻訳者に
#翻訳者になるまでにどんな勉強をどのくらいの期間やったか
#翻訳者に嫌われる言葉
#翻訳者仲間を増やすまともな方法
#翻訳の勉強を始めるには
#翻訳効率化
#翻訳志望者に正しくて役に立つ情報を
#翻訳でつながる
ふだんは、これらが単独で話題になるのですが、宮原健さんがまとめて投稿なさっているのを最近も見かけました(元ツイートは2019年なので、それのツイートまたはリツイート)。
きっかけは、たぶん間違いなく、ひとつ前の記事に書いたこの動向でしょう。baldhatter.hatenablog.com
詐欺の話はともかく、こういうタグが流れるとその話題が盛り上がるわけですが、私自身が反応したことはほとんどありません。発信してもたいしておもしろくないし、参考にもならないだろうと思っているので。とはいえ、タグがこうしてまとまっていたので、自分なりに翻訳者としての過去を振り返っておくのも悪くはなさそうです。ちょっとやってみることにしました。
- #どうやって翻訳者になったか
- #実績ゼロから翻訳者に
- #翻訳者になるまでにどんな勉強をどのくらいの期間やったか
- #翻訳の勉強を始めるには
- #翻訳効率化
- #翻訳者仲間を増やすまともな方法#翻訳でつながる
#どうやって翻訳者になったか
ひとことで言うと、「アルバイトから」。
もう少し詳しくいうと、「アルバイト → 副業 → 翻訳会社勤務 → フリーランス」という経歴(わりとありがちなパターンかと思うんですが、どうでしょう)。
初めて翻訳で報酬を得たのは、Apple II 用ゲームのマニュアル翻訳でした。まだ Appleの日本法人すらなく、Apple II の本体やソフトウェアは秋葉原のショップなどで買っていたという時代。公式の日本語マニュアルもほとんどなく、各ショップが独自で訳を付けていたりしました。私がやったのもそういう類で、報酬は分量にかかわらず「1本2万円」というどんぶり勘定でした。『ZORK』とか『フライトシミュレータ』*1とかのマニュアルを訳しましたが、この時代(1980年代前半)なので、道具はもちろんまだ紙と鉛筆と紙の辞書でした。
その後は、学習塾の講師をしながら、副業で翻訳を続けました。道具は大型の業務用ワープロに移行。パーソナル用のワープロも出はじめていた時代ですが、スペック的にもの足りなかったので、月1万円×60か月というリース契約で使っていました。5インチフロッピー2基搭載! このころ扱っていたのは、コンピューター系、ビジネス一般(環境法とか会議資料、リスクマネジメントなど)など。この頃からコンピューター系の翻訳にも対応できたのは、AppleとかSORD M5を使ってBASCIプログラムなどで遊んでいたおかげでしょう。それもあって、朝日新聞に出ていた翻訳の求人に、わりと堂々と応募できました。つまり、勉強して仕事に至ったというより、遊びで得た知識が翻訳キャリアにつながったということ。あと、少しだけエンターテインメント系の出版翻訳も手がけました。90年代に入ってからは、Macを使っています(Power PCの時代ね)。
1998年に翻訳会社に転職*2。ここから翻訳専業になります。ここで扱っていたのがもっぱらローカライズ系で、ここから「IT翻訳」とCATツールの世界に入りました。
2006年に腎臓がんにかかって入院・手術したのをきっかけに2007年からフリーランスになり、今日に至ります。
ということで、翻訳の歴だけはやたらと重ねてきたことになります。
#実績ゼロから翻訳者に
経験・実績がないと求人に応募もできない、というのはよく聞く話。私の場合、始まりがアルバイトだったのはラッキーでした。その話を持ってきてくれたのは、当時のオタク友だちです。『マクロス』の変形機構に熱くなり、録画し損ねたときにはお互いの家にベータのビデオデッキをかついでいったりと、『アオイホノオ』に出てきそうな交友関係でした*3。Apple II も、初めて触ったのは彼のもの。自分のマシンを買うまでは、週に何度も彼の家で Apple IIe を独占し、徹夜で『Wizardry』のダンジョンにもぐっていました。出版翻訳に関われたのも、同じ彼の紹介です。
というわけで、実績ゼロからの翻訳は「人からの紹介」で始まったのでした。
#翻訳者になるまでにどんな勉強をどのくらいの期間やったか
これは、あいにく答えを持ち合わせていません。やはりTwitterから拾うと、こういう意見もありますよね。
身も蓋もない意地悪な回答をしちゃうと、翻訳の勉強を勉強と思う人は翻訳者に向いていない。無意識な日常的行動、細かいことが気になってつい調べちゃう習慣が翻訳者を作り上げる。これらを苦に感じる人は幸せになれない。あと、期間は一生。#翻訳者になるまでにどんな勉強をどのくらいの期間やったか
— Nobuhiko SATO (@nobusato) 2019年9月14日
もちろん、大学はいちおう英語の専門ですし(中退してますけどw)、それ以前から翻訳のベースになることを勉強していた時代はあります。それについては、過去に記事を書きました。
すでに故人ですが、この恩師と出会ってあなかったら、いまの私はありません。
#翻訳の勉強を始めるには
前項にも関係するのでエラそうなことは言えませんが、いま翻訳学校の講師をしている立場でいえば、翻訳学校に通うのはいちばん手っ取り早いと思います。
ただし、それ以前の英語力と日本語力をちゃんと身につけてから通ったほうがいい。目安としては、
- トップ大学の英語の入試問題をちゃんと解ける
(なんなら解説くらいできる) - 英語の本を1冊読める(興味のある分野でよい)
- 何かテーマを決めて一定以上の日本語が書ける
というところでしょうか? そうそう。資格でいえば、
- TOEIC 900点以上(できれば後半)、かつ
- 英検1級
というのは、案外ばかにできない目安だったりします。
#翻訳効率化
これはもう、この本をお読みください、というしかありませんw
くれぐれも、頭を効率化しようとはしないこと。生成AIの使い方を間違えると、容易にそっち方向にはまりそうです。
#翻訳者仲間を増やすまともな方法
#翻訳でつながる
(このふたつはまとめます)
翻訳者仲間どうしがつながる場といえば、古いところではパソコン通信時代の「翻訳フォーラム」がそうでした。形態は変わりましたが、いまも活動は続いています。
それ以降は、2010年ごろからSNSで翻訳者どうしがつながり出したのは、ご存じのとおりです。そのSNSも、最近はいろいろと様変わりしていますが、翻訳者はいまでもFacebookとTwitter(現X)をよく使っています。若い世代だとほかのプラットフォームを使うことも多いのでしょうか?
コロナ禍以前は、単なる飲み会も、まじめな勉強会もわりと盛んでした。
残念ながら、そうした交流はコロナ禍ですっかり途絶え、いまも完全には戻っていません。セミナーや勉強会はオンライン中心が完全に定着しました。なんらかの知識を得るには、たしかに便利です。でも、当たり前のように集まっていたころとは、何か確実に変わってしまった気がしています。
とはいえ、リアルだろうとオンラインだろうと、人と人とのつながりは、生まれるところには生まれているはずです。そこに飛び込んでいくかどうかは自分次第でしょう。
こうして改めて書き出してみても、見事に計画性のない人生です。先日観た映画『パトリックとクジラ』のパンフレットを読んでいたら、パトリック・ダイクストラさんが
Failin to plan is planning to fail.
という英語のことわざに言及していました。こんなことわざは初めて見ましたが、還暦をとっくに過ぎたいま、実はこのことわざが身にしみているところです。