このミニシリーズも最終回、
6. 贈呈者による献辞その他のメッセージがある
場合だ。もっとも、これは「5. 著者によるサイン」と一緒になっていることもある。あるいは、著者からの献本だったことを示す一筆箋が挟まっていることもあり、そうなると「2. 新聞の切り抜きなどが挟んである」の部類ともいえる。献本が古書市場に出回るのは、名入れの場合と近いのかもしれない。
今回紹介したいのは、献辞を超えたあるメッセージが書かれた話だ。
しかも、かなり重い話になる。
6. 贈呈者による献辞その他のメッセージがある
ものは、昭和10年代に刊行された国語辞典『言苑』。骨董辞書の部類に入るが、状態はなかなか良い(この辞書の詳細は後述)。

手元にあるのは、昭和14年3月23日発行の第80版(ただし、この場合の「版」は「刷」だろう)。

それでも、ほぼ1年の間に80刷とはすごい勢いだ。
購入者の蔵書印もあり、そのそばに「昭和拾四年八月四日」と購入日も書かれている。小口には、手書きでインデックスが記されている。
そして、辞書の奥付の次の白紙ページに、この購入者のご親族によるメッセージが残されていた。その日付は「昭和二〇年七月初旬」。戦地に赴いた購入者がこの辞書を自室に残しており、親族はまだ戦地にいる購入者本人の安否を案じてこのメッセージを書いたようだ。購入者自身がその後どうなったのかは、もちろんわからない――
さて、『言苑』。
編者はあの新村出。のちに『広辞苑』の編纂に当たる国語辞典界のレジェンドのひとりであり、その『広辞苑』の元になったといわれるのが、新村出の『辞苑』である。『言苑』は『辞苑』のコンパクト版という位置づけだったらしい。『言苑』の「跋」(あとがき)が、青空文庫に収録されている。
もう少し詳しい説明は、惣郷正明・朝倉治彦『辞書解題辞典』(東京堂出版)から引用する(数字は漢数字から算用数字に改めた)。
言苑 新村出編 博文館 昭和13・2 1326頁 B6判 2円50銭 縦四組 五十音順。同著者の『辞苑』と異なり、学習、家庭用を意図し、軍事用語、スポーツ用語を加えて10万語を収録し、品詞別と活用を示す。挿図入り。1219頁以降地名欄、1267頁以降人名欄。昭17・4第200版を出し、戦後は博友社から昭24・4初版を発行、500円。
全編は、国立国会図書館で見ることができる。
かなりの部数が出たようなので、古書市場でそれほど高価ではない。わたしは神田の古書店で手に入れたのだが、店頭ではまさかこんなメッセージがあるとはまったく気づかなかった。わたしの手元にある古本・古辞書に残された履歴のなかでも、これはいろんな意味で特別だ。