『東京人』の2025年2月号が話題になっています。
この書影でわかるとおり、辞書の特集が組まれているのですが、全145ページのうちp.10からp.104までと実に7割近くが特集記事なのです。
表紙にもある芥川龍之介の言葉が目を引きます。
ほんたうに字引きを読む人は、字そのもの、語そのものが面白くて、読むのである。云わば植物学者が温室へはいつたやうな心もちで、字引きの中を散歩する
同業者に向けて辞書のことを話したり書いたりするようになって10年以上がたちますが、最近わたしがいちばん強く感じているのが、まさにこれです。
辞書といえば、年が明けてから積ん読本も1冊消化しました。
これ、全体としても実におもしろいのですが、このなかにもこんな言葉が出てきます。
辞書をよむということは、おもしろい語釈を探すということよりも、辞書ということばの宇宙にちりばめられた語の間を自由自在に飛び回って遊ぶということではないだろうか。
上の芥川とも通じる言葉です。
これも踏まえると、わたしが辞書を読む場面は、大きく言って3つあるようです。
- 翻訳をしているときに読む
- 添削・採点をしているときに読む
- 興味のおもくままに読む
1. は言うまでもありません、仕事の一部ですから。とはいえ、読んでいる時間がどんどん長くなっていて、たびたび 3. の領域に踏み込んでしまうのは否定できません。
2. も、最近はどんどん長くなっています。年明けすぐの記事「# 定例トライアル10月号の解説補足」でも書いたように、翻訳答案に書かれている日本語には、即アウトといえるものより、いろいろと確認しなければならないものが少なくない。しかも、こちらのほうがどんどん深みにはまることが多い。やっぱり 3. に近づいていく。
そして、いちばん楽しいのが 3. です。このときは、ジャパンナレッジとかOEDも動員し、紙の辞書も10点以上を開きます。こんなことだけして過ごしたいなあ……と思うこともしばしば。
そうやって読んだ内容は、せっかくなので、手元(Evernote)にいろいろと書きためておきます。よほど急いでいるときを除けば、言葉をひとつ調べるときには、最低でも10種類以上の辞書(PC上、オンライン、紙……)を確かめていて、その内容を記録しています。そうなると、これは辞書の「引き比べ」「読み比べ」にもなっていくわけです。
ところで、前掲の芥川の言葉は、『東京人』の本文(p.15)でさらに長めに引用されています。
ほんたうに字引きを読む人は、字そのもの、語そのものが面白くて、読むのである。云わば植物学者が温室へはいつたやうな心もちで、字引きの中を散歩すると思へば間違いない。かう云ふ人は、あをざけ―あをだま―あをぢ―あをぢく―あをと―あをとかげと云ふやうな語の序列を感心したり、微笑したりしながら、眺めて行く。読んで行くと云ひたいが、どうも眺めて行くと云ふ方が適切なのだから、仕方がない。さうして、珍しい語に逢着すると、子供が見たことのない花を見つけでもしたやうに嬉しがる。
わたしたち翻訳者は、仕事上どうしたって辞書と付き合わなくてはなりません。だったら、こんな風に楽しめるようになったほうが絶対に得じゃないでしょうか。
――とまあ、こんなことを考えながら翻訳者が辞書を引く、読む、眺めるようすの一部を、2月9日はライブでお届けします。お楽しみに!