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# JTF翻訳祭2024―プログラム紹介その17

その17にいく前に、ひとつご報告です。その10出紹介した「英日翻訳ミニコンテスト」ですが、締め切りが10/17(木)いっぱいまで延長されました。すでにご応募いただいているのですが、少しでも多くの方に参加していただこうという趣旨です。奮ってご参加ください。

さて、その17。これも異色のプログラムといえるでしょう。

www.33jtffestival2024.com

昨年は「手話」を扱ったプログラムがありましたが、今回は

音訳

です。率直に言って、かなり見慣れない/聞き慣れない言葉なのではないでしょうか。プログラム概要から、長めに引用します。

音訳とは、視覚からの情報が80%と言われる中、活字の出版物を目で読むことが困難な視覚障害者のために、文字情報を適切に音声に置き換えることだ。
文字情報を音声に変換するということは、日本語が読めて話せる人なら、だれにでもできるような簡単なものではない。活字で書かれたものを、活字を見ていない人に音声だけで、正しく伝えられるか。
大部分の活字の本は、晴眼者(せいがんしゃ・視覚に障害がなく、目が見える人)や、本を持つ、ページをめくるなどの動作に支障のない人向けに作られていて、音声化されることを予期して書かれていない。更には、書き言葉というメディアを音声というメディアに変換するということは、イコールにはなりえない。

ある日突然、目が見えなくなることを想像してみてください。それでも本が読みたい。とっさに思いつくのは「点字」(点訳)です。点訳は、いわば文字情報から文字情報への翻訳です。

一方の音読とは、文字を音声にすること。ただし、単に朗読するだけではなく、図や写真などの情報まで含めてあらゆる情報を音声にして伝えるのです。

点訳や手話も、広く考えれば「翻訳」の一種です。扱う言語や形態が少しずつ違うだけ。同じように、「音訳」というのも翻訳の一種と考えることができます。「活字で書かれたものを、活字を見ていない人に音声だけで、正しく伝えられるか」と概要にも書かれているように、音訳をするときにも届ける相手聴く人のことを考えなければなりません。一般の翻訳とまったく同じです。

そして、私たちの翻訳の世界と同様、人工知能(AI)の登場がどう影響するかというのは、音訳の世界でも共通するテーマになります。本プログラムでは、その辺まで含めたお話を聞くことができます。

以下は、例によって直接は関係のない話です。

先日、私は「手話」の世界に、生まれて初めて接する機会がありました。

国立障害者リハビリテーションセンター学院という施設に伺い、手話通訳を学んでいる学生さんたちの前で私が普段どおりの講演する(今回は生成AIの話をしました)。それを学生さんの何人かが「手話に通訳」する。あとで、学生や先生方がその通訳について評価するという流れです。

自分の話す内容が通訳される、ということ自体(手話どころか別の言語にでも)初めての経験です。それだけでも新鮮な体験でしたが、音声言語が交わされず、手話だけで会話が飛び交う空間というのも、軽いカルチャーショックでした。音声はまったくないのに、そこにコミュニケーションが成り立っている。この感覚は、体験してみないと分からないと思います。

手話の世界については、何もかも初めて知ることばかりで、なかなか貴重な体験をしました。

 




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