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【愛の◯◯】ふたたび、邸宅の門の前で

 

姿見の前に立って髪をヘアブラシで整えていたら、ノックの音がやって来た。

弟のヒバリのノック音であると即座に断定できる。もう少し優しくドアを叩いた方がいいと思うんだけど?

勉強机の上にヘアブラシを置いてから、ドアまで歩み寄っていく。

ドアを開けたら、いつもと変わらない顔つきの弟が立っていた。いつもと変わらない顔つき。すなわち、攻撃的な色の浮かび出ている顔つき。初対面の人に、『なんだか睨んでるような眼つきだなあ……』と疑念や不審を抱かせてしまう危険性がある。

姉のわたしに微笑み顔など滅多に見せるコトのない弟が、眉間を険しくして、

「CD返す」

と、用件を手短に伝えてくる。

「モノを返す時は、もう少し丁寧なコトバづかいをした方がいいわよ?」

弟のためを思ってわたしは軽く叱る。

CDを持った右手を黙って差し出してくる弟。幾つになっても可愛くないわね。

受け取ったCDを棚に収めてドア付近まで戻ってくる。可愛げのない弟が依然として立っている。

「どうしたの、まだ何かあるの」

問うてみたら、

「……どっか行くんか? そんな格好(カッコ)してるってコトは」

と鋭い指摘が飛んできた。

短く深呼吸して息とココロを整えてから、直感がやけに鋭い弟の顔に視線を当てて、

「そうよ。出かけるの」

「どこに?」

「あなたが知る必要なんか無いわ」

「逃げるなよ」

うるさいわね。

「わたし、ブラシで髪を整えてる途中だったんですけど」

「だからなんなんだよ」

……あなた、明日から高校2年生でしょーがっ。『デリカシー』ってコトバ、いつになったら覚えるのよ!?

「わたしのお出かけを突っついてこないで。どうせ、春休みの宿題、山ほど残ってるんでしょ? 部屋に戻って取り掛かったらどーなの」

そう厳しく告げるのだが、聞く耳を持たない弟の口から、

「姉ちゃんに1つアドバイスだが——ファッション雑誌を丸々パクったような格好(カッコ)は、ほどほどにした方がいいと思うぜ」

 

× × ×

 

わたしが弟の頭部をファッション雑誌で殴打したかどうかは永遠に伏せておく。

 

× × ×

 

……さて、時は過ぎ、所も変わって、うららかな昼下がりの、多摩地域某所の住宅街。

わたしの前には、大いなる邸宅がドドーン、と立ちはだかっている。

豪邸と言っていいレベルだ。軽井沢あたりにあるクラシックなホテルのごとき……みたいな比喩がどれだけ的を射ているかはわからないけど、わたくし猪熊亜弥(いのくま あや)の眼にはそんな風に映る。

本当にホテルとして活用できるぐらいに部屋の数が多いみたい。温泉旅館の大浴場の半分ぐらいの規模を誇るお風呂場があるみたい。

『みたい』を語尾に付けるのは、建物内に入ったコトがまだ無いから。

 

スケールの大きな門がわたしと邸宅を隔てている。

この門の前に立つと、『あの時』の記憶が鮮やかに蘇ってくる。

もうずいぶん昔のコト。

郵便物を回収するために門の近くにやって来た『彼』と、門を挟んで向かい合った。

『彼』を激しく動揺させたわたしは、敷地内に足を踏み入れるコト無く帰った。

そして今回も実は、敷地内に足を踏み入れようなんて思ってもいない。

インターホンのボタンを押して、ここまで来てくれるよう『彼』にお願いする。『彼』がやって来てくれたら、敷地の外から、伝えたいコトだけを、手早く、余す所無く、伝える。

……そういう心積もりで、わたしは今ここに立っている。

 

長く強く深呼吸をしてから、門に向かってさらに歩み寄る。

右手を握ったり開いたりして、心身を整える。

それから、右手人差し指をインターホンにスゥッ……と伸ばしていく。

ボタンを押してから10秒と経たずに、

『はい』

という男性の声が聞こえてきた。

『彼』ではなかった。違う男性(ヒト)。

確か、この邸(いえ)に長く住み込んでいるヒト。流(ながる)さん、だったっけ?

軽く息を吸って吐き、

「猪熊亜弥と申します。羽田利比古(はねだ としひこ)くんの高校時代の同級生です」

と素性を明かす。

『利比古くんの、同級生』

「そうです」

『彼に何か用事があって、来たんだね』

「そうです。……あのっ、」

『在宅だよ、彼。ちょっと待っててもらえる? 呼んでくるから』

わたしが尋ねるよりも前に、『在宅』という情報が伝えられてきた。

 

心身をさらに整えられる時間はどれだけあるんだろう。

案外、彼の声はすぐに聞こえてくるのかもしれない。そうなったら、上手くしゃべられる自信が弱くなってしまう。自信の度合いが50%はダウンする。

右手をギュウッ、と握り締めてしまうわたしがいる。ココロにもカラダにもチカラが入り過ぎる……そんな流れをせき止められなくなってくる。

『こんな服装で、本当に良かったんだろうか……?』

なぜかは知らないけど、こんな思いが湧いてくる。まだ、インターホンを通して話す段階なのに。お互いの姿が見えない状態で話すのに。

『ファッション雑誌を丸々パクったような格好(カッコ)は、ほどほどにした方がいいと思うぜ』

憎らしい弟の憎むべき発言がぶり返してくる。

どっか行っててよ、ヒバリ。わたしの意識の中に入り込んでこないで。今、大事な局面なんだから。わたしにとって特別な存在の男の子と話そうとしてるんだから。

羽田利比古くんとすごく久しぶりに話すの。ヒバリのコトバがノイズになるの。おねがいだから、この場だけは、わたしの意識の外部に出ていって。

大人しくしてて。ノイズを作らないで。

羽田くんとのやり取りが終わるまで静かにしてくれてたら……あなたの春休みが終わる前に、美味しいモノを食べさせてあげるから。そう、あなたが好きなモノを、好きなだけ……!!

 

 




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