わたしの寝る部屋に利比古(としひこ)も入らせた。『ベッドで寝ていいのよ?』と言ったけど、結局利比古は床に布団を敷いて自分の寝床(ねどこ)を作った。控えめな弟らしいと言えばらしいんだけどねー。
わたしはベッド上で『お仕事の予習』をしている。歴史の教科書や歴史書を敷き布団の上に広げている。4月から高校で(いちおう)教えるコトになるので、生徒たちにナメられないようにしたいのである。わたしの出身女子校には及ばないけど、かなりの進学校なんだもん。
器用なわたしは、『お仕事の予習』をするのと並行して、利比古の様子を見てあげている。
塞ぎ込むような体育座り。どんなモノにも手を付けていない。
「遠慮しなくたっていいでしょー? タブレットでもスマホでも自由に見たらいいじゃないの」
タブレットやスマホでWikipediaを閲覧している方がハンサムかつマニアックな弟らしい、と思ったので声を掛けた。
しかし、
「……そんな気分じゃないんだ」
と、テンション最底辺の声を出したあとで、首をふるふる横に振ってしまう。
う~~~む。
× × ×
消灯して双方身を横たえたんだけど、
『利比古が安眠できる確率は高くない』
とわたしは思っていた。
眠気の芽生えを感じつつも、
『どうやら、もっと助けてあげなきゃいけないみたいね』
という思いを強くしたのだった。
× × ×
目が覚めて俊敏に起き上がってデジタルクロックを確認したら【AM 5:45】という表示だった。
わたしは朝に強いから瞬時にエネルギーのスイッチが入る。
そして、朝に強いがゆえに……利比古のピンチを、耳で感じ取る。
LEDを点けたあとで、利比古の寝床に素早くカラダを向けてあげる。
利比古の両眼が濡れているのに気付かないワケが無かった。
きっと、よく眠れなくて、真夜中に身を起こしてしまったんだろう。そしてそれから、極限まで身を縮めて、泣き出してしまったんだろう。
利比古が泣くのを見るのは本当に久しぶりだ。
わたしが小学校高学年の時、利比古をイジるのがエスカレートしてしまって、『お姉ちゃんがヒドくイジメてくる』という認識になってしまった利比古を号泣させてしまった。わたしはお母さんにこっぴどく叱られた。
わたしが某女子校中等部に入って以降は、利比古を泣かせたコトは一度も無かったはず。
……まあ、現在(いま)の利比古は、誰かに泣かされたんじゃなくて、自分から泣き出したんだけどね。
――自分から泣き出したにせよ、涙が眼からどんどん出ているコトには変わりが無い。
『大ピンチに陥っている弟の涙を拭ってあげたい』という姉としてのキモチがムクムク膨れ上がっている。
ハンカチで眼の涙を拭ってあげるだけじゃ足りない。
『ココロの涙』も拭ってあげなきゃ。
「……うまく眠れなかったのね」
ベッドを椅子代わりにして120%の優しさを声に籠めて言う。
利比古は2回首を縦に振る。
2回首を縦に振ったあとの利比古のほっぺたに涙の筋(すじ)ができているのを姉のわたしは見逃さなかった。
「ねえ」
150%の優しさを籠めた声を発して、
「あんたのキレイな顔がグシャグシャになっちゃうと、こっちも心苦しくなってきちゃうのよ」
とキモチを伝えるのと同時に、ベッドから腰を浮かす。
弟が小さく弱くなっている敷き布団に腰を下ろす。
手を伸ばせばいつでも髪やほっぺたをナデナデできる位置。
だけど、髪やほっぺたではなく、両肩に向けてわたしの両手を伸ばしていく。
カラダを抱き締める。
互いに小学生だった時のように。
いっぱいケンカもしたけど、かけがえの無い弟のコトが、わたしは大好きだった。だから、こうやって弟を包み込むコトも、しょっちゅうだった。
『仲直りのシルシ』で包み込むコトが、多かったっけ。
……長々と回想に浸りたくないし、浸っている場合じゃないから、
「ごめんなさいね。もっと早めに駆けつけてあげて、あなたのSOSに応えてあげるべきだったのかも」
と謝り、
「だけど、今からでも、全然遅くないって思うから」
と告げ、
「たった1人の姉に、甘えてちょうだいよ」
と、200%の優しさをわたしの全部に籠めて、言ってあげる。
涙声で、
「……でも……でも……ぼく、大学生なんだし、オトナなんだし」
と弟は言うけど、
「姉のわたしよりは、コドモよ」
とツッコみながら、包み込むチカラを上昇させてあげる。
それから、
「いろいろと、こんがらかってるんでしょう? それで、どうしようもなくなってきてるんでしょう?」
ややコトバを溜めたあとで弟は、
「……うん。」
とハッキリ応答してくれる。
「だったら、わたしの出番よ。あんたを癒やすのが世界一得意なのは、わたしなんだから」
そう告げてから、背中を、強すぎず弱すぎずのチカラで、撫でていってあげる。
利比古の背中ナデナデには自信がある。
お母さんでも敵(かな)わないはず。