「キョウくんが出かけちゃって、寂しいでしょ?」
菜七子(ナナコ)さんがいささか唐突に言ってくる。
ティーカップの把手(とって)に伸ばそうとした右人差し指が滞(とどこお)る。ナナコさんが痛いトコロを突いてきたからだ。
鋭いナナコさんに直面してしまったけど、指を動かすのをなんとか再開して、ミルクティーの入ったティーカップを口へと持っていく。
できるだけ音を立てないように気をつけて啜ったあと、
「彼にも、『仕事』というモノがあるので……」
とわたしはボショボショ言うんだけど、
「やっぱり寂しいんだ~、むつみちゃん!! わたしからのクエスチョンに上手に答えられないってコトは」
というコトバを食い込ませられるから、つらくなる。
大きいサイズの丸テーブルの周囲が掘りごたつのようになっている。わたしもナナコさんも掘りごたつのようになっている空間に足を下ろしている。
わたしから見て左斜め前のナナコさんが下宿開始早々手強(てごわ)いから、彼女から視線を少し外して、キョウくんの部屋へと続く階段の方に向く。
キョウくんの部屋へと続く階段を見やるわたしの背後にわたしの部屋へと続く階段が伸びている。
正反対の位置にある部屋で寝起きするわたし&キョウくんは、朝晩の食事時間などになると、大きな丸テーブルと掘りごたつ的スペースの目立つ、現在(いま)わたしが過ごしている居間のような場所で合流するのである。
『文字だけの説明じゃ、ナナコさんの家がどんな造りになってるのか想像しづらいわよね……』
胸中でもどかしく呟きながら、わたしは肩を落としてしまう。
「むつみちゃん、むつみちゃん」
左横からのナナコさんの声が耳に食い込んでくる。びっくり。
わたしが肩を落としてしまったコトに6割6分以上の確率で気付いていると思われる。ひと筋(すじ)の冷(ひや)っこい戦慄が背中を流れる。
「あなた、起きてくるの遅かったし、エンジン、まだ入り切ってないみたいだから――」
心臓がふるふる震えてくるわたしに、
「――わたしのそばに、来てちょーだいよ。むつみちゃんが住み込み始めてわたしの孤独を埋めてくれるのが、嬉しくってしょーがないの……!!」
と、ナナコさんは容赦無く……。
× × ×
『むつみちゃん、パジャマのまま居間(ここ)に下りてくるんじゃなくて、キチンと着替えて下りてきたから、とっても驚いちゃった』
と言うナナコさんの楽しげな声音が、茶番劇に拍車をかけたのだった。
× × ×
結局日中(にっちゅう)は、新しいわたしの部屋で本を読んだり音楽を聴いたりして過ごした。
――さて、夕飯のお時間。
わたしは、帰ってきたキョウくんと向かい合って箸や食器を動かしている。ナナコさんは、茶番劇が繰り広げられてしまった朝と同じ位置、すなわちわたしから見て左斜め前。彼女は、今のトコロは静かだ。
『明日は、キョウくん、1日まるまるフリー。なんとしてでも、2人きりで京都の街をぶらついてみたい……!』
そう強く思うわたしの箸を持つ手が一時停止する。
だけど箸を握り締め続けたらナナコさんの観察眼が光りそうで怖いから、大人しく、水菜と油揚げの煮浸しへと箸を伸ばしていく。
我ながら、お行儀が良いとは言えない箸の使い方だけど、願わくば、ナナコさんもキョウくんも許容してほしい。
雑な手つきで箸置きに箸を置く。グラスの中の冷たいお茶を飲む。
そしてそれからわたくし葉山(はやま)むつみは、夕ご飯をモグモグと味わっているキョウくん目がけて、渾身の温もりを籠めた視線を伸ばしていく。
――つまりは、温もりに満ちた視線を伸ばし続けていくコトで、
『キョウくん。わたし、明日、あなたと生まれて初めての、京都デートが、したいの……!!』
という幼馴染女子としてのキモチを、染み込ませたいのである。
キョウくんなら。
キョウくんならば。
わたしがこうして、トクベツなイミを濃厚に含んだ視線を送るだけで、何もかも、見通してくれる。
見通してくれるに、ちがいない……!!!
期待に胸を膨らませるわたし。
キョウくんに視線を固定しながら、高揚感とともに再び箸を掴むわたし。
……が、しかし。
「キョウくん? むつみちゃんが、あなたに何か言いたそうよ?」
とコトバを投げかけながらキョウくんの方を向くナナコさんがいて、
「もしかしたら……。『ごちそうさま』のあとで、むつみちゃん、あなたのお部屋に押しかけたいのかも☆」
と、不都合なぐらい満面な笑みでキョウくんを揺さぶっていくナナコさんがいて……!!!