どのくらいのチカラ加減で扉を叩けばいいのか分からない。旧校舎【第2放送室】の扉の前にわたしは立っている。何回も訪れている部屋なはずなのに、扉を叩くチカラ加減の最適解を未だに得ていないのだ。
卒業までのカウントダウンはとっくの昔に始まっている。今日は2月26日。明日が事実上の最後の登校日。土曜と日曜を挟んで卒業式の月曜に至る。
【第2放送室】の中に入るのも、おそらくこれが最後。明日は本校舎の放送室兼放送部室で『放送部の3年生を送る会』が催されるコトになっている。わたしは放送部副部長を務めていたんだから『送る会』に出ないワケにはいかない。明日の放課後のスケジュールが埋まっているんだから、今日の放課後が終わるまでに『KHK(桐原放送協会)』への『ごあいさつ』をしておかなきゃいけない。
右腕を掲げる。『KHK(桐原放送協会)』の根城(ねじろ)である【第2放送室】の扉をついに叩く。
3回叩いた。チカラが少し強過ぎたかもしれなかった。
最後までチカラ加減が分からずじまいだったのを残念に思っていたら、扉が開かれて、タカムラかなえちゃんが姿を現してきた。
『こんなコトを残念がってる場合じゃないんだよね』
と思いながら、
「わぁ、菊乃(きくの)先輩」
と言って喜びの顔を見せてきてくれるタカムラかなえちゃんに向き合う。
× × ×
「あらためて、おめでとうございます。菊乃先輩の進路が定まって、わたしも幸せ気分です」
祝福してくれるかなえちゃん。部屋の奥の方に置いたパイプ椅子に腰掛ける彼女は両脚を開き気味。
「おまえ、菊乃先輩の進学先知ってたのかよ」
わたしから見て左斜め前の木造(きづく)り椅子に腰掛けているトヨサキ三太(サンタ)くんが、トヨサキくんから見て左斜め前のかなえちゃんに言う。
「わたしから知らせたんだよ」
わたしがそう打ち明けたら、
「LINEで?」
とトヨサキくん。
「そう。LINEで」
と答えるわたし。
トヨサキくんは、ちょっぴり間を置いたあとで、
「それは……おれからも、お祝いコトバを言わなきゃですね」
と言ってくれて、
「本当に、おめでとうございます」
と、わたしの顔に眼を合わせながら言ってくれる。
「ありがとう、2人とも」
真心を籠めて感謝してから、
「ツインテールをこの場でほどきたいぐらい、嬉しいよ」
と、半分だけ本気になって言ってみる。
「そっそれどーゆーイミですか、菊乃先輩」
反応するトヨサキくんの声はなんだか硬直気味だ。
彼の狼狽(うろた)えを味わってから、真向かいのかなえちゃんに顔を寄せて、視線を伸ばす。
トヨサキくんとは対照的だった。120%以上の笑顔だった。
× × ×
「3月に向けて新しい番組をもう作り始めてるんだよね? 数学オリンピックを目指してる子たちを取材するんだったっけ」
「そーですそーです」
わたしにすぐに応答してくれるかなえちゃんが、
「1年生の子たちなんですけど、部室棟の空き部屋を本拠地にして切磋琢磨してるんです」
「空き部屋って、もしかして、廃部になったアメフト部の?」
「ビンゴです菊乃先輩!! やっぱり先輩は冴えてる」
興奮気味に言うかなえちゃんの横から、
「アメフト部、あっさり廃部になったよな。『アイシールド21』の影響で出来上がった部活だったようだが、時が進むごとに脱落者が増していき……」
とトヨサキくんがコトバを挟み込む。
「なんてコト言うのトヨサキくん!?」
眼を見開きながら叫んだのは、もちろんかなえちゃんだ。
「アメリカンフットボールのコトまでバカにしてるんじゃないの? そーゆー口(くち)ぶりに感じたんですけど、わたし」
かなえちゃんはそう言いながら腕を組み始める。
「拡大解釈するなよタカムラぁ。おれは、アメフト部のコトもアメリカンフットボールのコトもバカになんかしてない」
「説得力ゼロだよ!! しかもキミ、週刊少年ジャンプでリアルタイムで『アイシールド21』を読んでた世代でもなんでもないでしょ!?」
「おまえもな」
トヨサキくんの『おまえもな』の影響により、かなえちゃんの眼つきの険しさが跳ね上がる。
楽しさがガンガン増しているのはわたしだった。やっぱり、2人のこういう掛け合いを眺めるのって、『極上』と言ってもいい楽しみだ。
存分に楽しんでおきたい。
卒業間際なんだから。
今のこの楽しさは、名残惜しさを上回っている。
かなえちゃんもトヨサキくんも、わたしを過剰にセンチメンタルにさせるコト無く、わたしを送り出してくれる。
この学校で、かなえちゃんとトヨサキくんに出会えて、本当に本当に良かった。