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【愛の◯◯】サリンジャー速読要請

 

「昨日の『ほぼ女子会』、『とっても楽しかった』としか言いようが無いよ」

妹のあすかがいきなりそう言ってきて、

「お兄ちゃんも、『こういう会をまた開きたい』って思ってんじゃないの?」

というコトバを寄せてくると共に、おれが座っているダイニングテーブルの椅子の左隣の椅子に近付いてくる。

ぽしゅん、と腰掛けるあすか。

「得難(えがた)い経験じゃんよ、男子1人だけで10人近くの女子に囲まれたりするのって」

まあ……あすかが言うように、昨日みたいな「男女比1:9」の場なんて、なかなか経験し難いだろうな。

男子はおれ1人だけの『ほぼ女子会』だった。9人の女子が代わる代わるおれの席のそばにやって来たりしていた。

たしかに、レアなケースではある。普通は、9人もの女子に囲まれるシチュエーションなんて生まれたりしない。昨日みたいなシチュエーションの当事者になる男子は限られてくる。

……ただ、「男女比1:9」だからって、『終始楽しい』というワケではなかった。

あすかは『囲む側(がわ)』だったから、『囲まれる側』の苦労を想像しづらいのかもしれない。

「昨日参加した女子はみんな、お兄ちゃんに優しかったし。お兄ちゃんは完全に幸せ者だった」

おれの妹は左隣からそう言ってくるのだが、

「『みんな優しかった』って、本気で思ってるんか?」

とおれはツッコミを入れ、

「八木八重子(やぎ やえこ)とか星崎姫(ほしざき ひめ)とか、おれに相当厳しく当たってたし……」

「八木さんや星崎さんなりの『優しさ』だったんだよ。そう認識した方が絶対にいいよ」

おれが言うコトバに割り込むようにすかさず妹が言ってきた。

「そう言われてもなぁ……。攻撃的な態度だったと思わない方が難しいんだしなぁ」

嘆くようにおれが言うと、

「わたし、あすかちゃんに完全同意するわ。アツマくん、素直に認めなさいよ、『女子9人は、みんな優しかった』って」

と、キッチンで食器を丁寧に拭いている愛(あい)が、おれたちに背中を向けたまま、おれに対して『援護射撃』をしてきた。

「『優しかった女子』に、愛とあすかも含めるのかよ」

キッチンに立つ愛の栗色超・ロングヘア目がけてそう言ったら、

「とーぜんよ♪」

と浮かれたような返答がやって来てしまう。

「愛よ、昨日のおまえは、キッチンで料理作ったりしてる時間の方が長かったよな? 少しぐらいは、おれに『助け舟』を出してきてくれても良かったのに」

おれのコトバも虚しく、「~♪」と鼻歌を歌いながら愛は食器拭きに専念し続ける。

『構ってあげない』という意志表示ですかね……。

 

× × ×

 

あすかが、リビングの丸テーブルにポータブルCDプレーヤーを乗っけて、その手前でヘッドホンを装着して音楽に聴き入っている。

『どーせまた、二昔(ふたむかし)以上前のロックでも聴いてるんだろ』と、ソファに身を任せているおれはココロの中で呟きながら、丸テーブルの前に座を占めている妹を見下ろす。

おれの妹がまるで住み着くかの如くマンション部屋に入りびたるようになってから1ヶ月近く経った。諸々(もろもろ)の事情は理解しているつもりだが、春めいてきているコトでもあるし、邸(あっち)での暮らしに復帰する頃合いであるとも言えないだろうか。

『ヘッドホンを外したら、『いつまでここに居るのか』という趣旨の問いをぶつけてみようか』とおれは思う。

だが、おれの思いを遮るように、

「あなた、手持ち無沙汰過ぎるんじゃないの?」

と言いながら、ハードカバーの分厚い本を両手に持った愛が、ソファの間近まで歩み寄ってきやがった。

瞬く間に、愛はおれの左隣に着座。

『地中海 1』という書名が眼に入る。フェルナン・ブローデルという著者名も眼に入る。

例によって、すぐに読書に取り掛かろうとはせず、

「サリンジャーでも読んだらどーなの」

と言って、おれの痛いトコロを突いてくる。

昨日の『ほぼ女子会』において、城(じょう)ミアさんが、サリンジャーの話題をおれに振ってきた。大学で英米文学を学んだにもかかわらずサリンジャー作品を読み通したコトの無いおれは、しょっぱい対応をしてしまった。

ミアさんに対して不甲斐無かったおれを、おれのパートナーはちゃっかりと眼に留めていたようだ。

背中の冷えが広がってくるおれに、おれのパートナーたる愛は、

「サリンジャーの著作なら、ここの本棚に粗方(あらかた)入ってるわよ」

と情報を提供し、

「『フラニーとゾーイー』から読み始めるのが、無難かしらねぇ」

と邪(よこしま)な声を寄せてくる。

「『フラニーとゾーイー』、好きだったよな、おまえ。おまえの愛読書だから、タイトルだけはインプットしてる」

「そうよ。大好きよ、『フラニーとゾーイー』」

「なんで、大好きなんだ?」

「それを問う資格があるとでも思ってるの? おバカさんねぇ」

笑って言いながら、愛は、おれの左腕を結構なパワーで握り締めてくる……。

「読めば分かるわよ、わたしの愛読書である理由が。あなたなら、きっと分かる」

「『きっと分かる』の根拠は?」

「無駄口(ムダぐち)叩かないの。あなたのそーゆートコロ、ほんとーに情け無いって思っちゃうわ」

左腕握り締めのパワーは着実に強まっていっている。

罵倒モード突入は疑いようも無いのだが、左隣のパートナーは一点の曇りも無き笑顔。

「わたし、決めた! 『フラニーとゾーイー』を、あなたに2時間以内で読破させる!!」

出やがった。無茶振りが、出やがった……!!

焦りの膨らみの中で、

「おれ、おまえみたいに、読むスピード、速くないし。2時間以内は、きびしい……」

とコトバを振り絞るが、

「2時間以内で読破できなかったら、向こう2週間、ずーっとあなたが食器片付け当番よ!!」

と、性格難あり美人に相応しき放言がブチ当たってきて……!!

 

 

 




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