「戸部(とべ)くん。葉山(はやま)と小泉(こいずみ)のキモチ、ちゃんと受け止められた?」
問い掛けてきたのは、八木八重子(やぎ やえこ)。
葉山のビデオレターと小泉さんのビデオレター上映終了後の賑やかさが膨らみ続けている。飲み食いが盛んになるのと連動して女子会ムードが本格的な高まりを見せている。
八木八重子も、スパークリングワインの入ったグラスを右手に持ち、高まる女子会ムードの波に乗っている。
おれの左サイドにおれと同学年の女子が3人並んで着席している。
いちばん手前の椅子には藤村杏(ふじむら あん)。
その奥の椅子には星崎姫(ほしざき ひめ)。
さらにその奥の椅子に座っているのが八木八重子で、スパークリングワイン右手におれを見つめて、問い掛けへの答えを待ち構えているのだった。
「画面はちゃんと視(み)てたし、一言一句(いちごんいっく)漏らさず聴いてたつもりだが」
おれはそう答えたが、八木はなぜか顔をムスーッとさせる。
「一言一句漏らさず聴いてたってのは、百歩譲って認めてあげてもいいけど」
ムスーッとした顔を見せ続けながらそう言ってくる八木は、
「画面ちゃんと視てたってのは、あやしいな。戸部くん、小泉のビデオレターの途中で、羽田(はねだ)さんをチラ見してなかった?」
ぐがっ。
八木よ。おまえの観察眼はどーいう観察眼なんだ。右横で正座していた愛(あい)をおれがチラ見したのを見逃さなかっただなんて……!!
苦し紛れに、
「……恐るべき観察力だな。今日は珍しくポニーテールだから、観察力が研ぎ澄まされてるってか」
と言った。
しかし、ポニーテールに言及したのがどうやら余計過ぎたようで、
「何言ってんの戸部くん!? わたしのポニーテールに観察力の鋭さの根拠求めてんの!? ふしだらだよ、ふ、し、だ、ら!!」
と、150センチ台前半のカラダから怒りのオーラを発しながら、ポニーテールの八木八重子はおれに罵倒を食らわせるのであった。
「わたし、八木さんと100%おんなじキモチ!! ホントにふしだらね戸部くん、あり得ないぐらいふしだらだわ。眼の付けドコロが40代中盤のセクハラ上司みたい」
八木八重子の援護射撃の如く罵倒と言う名の銃弾を撃ってきたのは、八木の椅子より1つおれに近い椅子の星崎姫だった。
「どうせ、わたしの髪のリボンの大きさも、からかってくるつもりだったんでしょ!?」
そんなつもりなどあるワケ無い……と思った弾みで、怒りの星崎の頭部の巨大リボンを視野に入れてしまう。
「絶対にそうよ、絶対にそうよ!! 『中学生が好きそうなコドモじみたデカリボン付けやがって……』とか思ってるんでしょ、120%!!」
止まらない罵倒と完全に連動して、赤地(あかじ)に白い水玉模様の巨大リボンがワナワナと震える。
愛は、お料理を調理しているので、おれの援護に回ってくれない。
右サイドのおれより年下の娘(こ)たちは、彼女たちだけで盛り上がりまくっていて、おれの窮地に少しも意識を向けていない。
「スピリタス!!!」
ビックリマーク3つがもれなく付着してくる星崎の叫び。
「スピリタス、あるんでしょ!? 無いなんて、言わせないわよ!? このお部屋、ふたり暮らしのお部屋にしてはだいぶ広いし、至るトコロにいろんなモノが隠れてそうだし」
なんでも隠れてるワケじゃないから。キッチンの扉の向こうに無限の世界が広がってるとか、そういうワケじゃないから。
「仮にスピリタス常備してなかったとしても、たぶん、アカ子ちゃんあたりが……!!」
そう言いつつ、右サイドで『年少組』だけの世界に入っているアカ子さんへと星崎は顔を向ける、が、
「そこまでスピリタスに執着する理由が理解不能なんですがね、星崎さん」
とおれに言われた途端に、キツい表情をおれに向けて見せてくる。
ありったけのチカラを眉間に籠める勢いの星崎さんは、
「あなたをコテンパンにする『道具』にしたいからに決まってるでしょ」
おれは、
「物騒だなぁ。アルコールハラスメントってやつじゃないのか、おまえがやろうとしてるのは?」
「戸部くんあなたは八木さんに既にセクシャルハラスメント未遂をやらかしてるのよ、悪いのは戸部くんの方なんだから最高裁判所だって確実に有罪判決下すんだから、スピリタスの原液による制裁であなたをブッ潰すコトぐらいブッ潰すコトぐらい……!!」
壮絶なまでの早口に過激なワードの応酬。
この場が「おひらき」になるまでに収拾がつくのか……? と、おれの背中にイヤな汗が流れる。
なかなか堰(せ)き止めるコトのできない、イヤな汗。
孤立無援の状況であるが故に、『おれの背中はこのままイヤな汗でビショビショになっていってしまうのか……?』と思うほどに追い込まれる。
だが、
「飛ばし過ぎてるよ、星崎さん。『ほぼ女子会』は、始まったばっかりなんだからさ。戸部を潰していくのは、もっとゆっくりしたペースでいいと思うよ」
と言う声が、おれの手前の椅子に腰掛ける藤村杏の口から発せられ……ひと筋の光明が見えてくる。
マジで珍しいコトもあるもんだ。
腐れ縁女子の象徴たる藤村杏。腐れ縁も既に10年近き藤村杏。暴力も伴う攻撃性をおれに対してしばしば発揮する藤村杏。
そんな藤村が……おれの肩を持つが如き発言をかますとは。
星崎がおれを酔い潰すのを容認している発言内容ではあった。しかし同時に、星崎の勢いを制御してたしなめる意図も発言には含まれていた。
藤村の「たしなめ」を食らった星崎の様子が気になって、眼を向けてみる。
俯いていた。肩を落としていた。ビールのロング缶を掴んでいる両手の指に弱々しさが感じられた。
一気に勢いが無くなった星崎を、藤村が、柔らかな笑顔で温かく見つめていた。
藤村がこんな笑顔を創り上げたのは約8年ぶりだった。
高校3年以来の事態に驚くと共に、藤村と星崎の関係性にも驚きを拭えなかった。
いつの間にか生まれていた繋がりを、こんな風な形で目の当たりにするとは。
おれの知らないトコロで結びついた藤村杏と星崎姫。元来結びつくはずも無かったはずなのに、気付けば結びついていた。
そんな両者の関係性が、おれの眼には今、ものすごく新鮮に映っている。
柔らかな笑顔によって藤村が送り届けた優しさを、星崎は、どれだけ受け止め切れているのだろうか。
おれは星崎の様子から眼が離せなくなった。
「……はしゃぎ過ぎちゃったみたいね、わたし」
先ほどまでの破竹の勢いの欠片(カケラ)も無い声をこぼしたあとで、星崎姫はすううっ……とロングビール缶を持ち上げていく。
呆気にとられるレベルの速さで、星崎姫はロングビール缶の中身を飲み干す。
呆気にとられるほど穏やかな手つきで、星崎姫はロングビール缶をテーブルに置く。
その直後、自らの右肩を藤村杏のカラダに傾けていく星崎姫が眼に映り、おれは呆気にとられまくり状態になっていく。
ふにゃぁ、とカラダを託す星崎。星崎に託されたカラダに両手を添える藤村。
藤村の背中におれの眼は移る。母性、のようなモノが漂っているような錯覚を覚え、おれは混乱の領域に足を踏み入れてしまう。
「――わたしが星崎さんに甘える時の方が、どちらかというと、多いんだけどね」
腐れ縁女子の口からこぼれてきた声を上手く喩(たと)えるコトが、おれには、できない。