テレビ画面に映る葉山(はやま)むつみのヘアピンが輝きを放っているかのようだ。左耳の上辺(うえあた)りに施したヘアピンは緑色。メロンソーダ大好き女子であるのを象徴しているかのようなヘアピンの色合い。
ツヤツヤとした黒髪が両肩の少し下まで伸びている。隅々まで手入れが行き届いている黒髪なのは疑いも無い。
整いに整ったルックスをテレビ画面を介して見せつけてくる葉山の口から、
『戸部(とべ)くん? この映像を視(み)てるあなたは、10人近くの女の子に囲まれてるシチュエーションの中に居るのよね? 今、どんな気分? 上手に平静を保つコト、できてる!?』
という煽(あお)りのようなコトバが飛び出てくるから、おれの両手が強張(こわば)り始めてしまう。
葉山が言う通りのシチュエーションなのだ。愛(あい)が発案者となった『ほぼ女子会』の男女比は1:9。ただ1人の男子たるおれの眼前(がんぜん)は9人もの女子で占められている。
参加者名を列挙するとクドいから順次紹介していくとして、おれの右サイドにも左サイドにも女子がズラリと並んでいる構図はやっぱり慣れない。
『このビデオレターが再生されてるのは2月22日の日曜日だと思うけど、大勢の女子の賑やかさに戸部くんが圧倒されてる頃には、わたしはキョウくんと一緒に東海道新幹線に乗り込んでると思うわ』
京都府京都市左京区(さきょうく)の某・名門国立大学の2次試験を受けるために、葉山はキョウくんと隣り合って東海道新幹線に乗り込み、京都に乗り込むのである。
『わたし、4月の百万遍(ひゃくまんべん)で学問を始められるように、2次試験で全力を尽くすから』
チカラ強く誓うのはいいものの表情がニヤけてきている葉山が、
『戸部くん、あなたも全力を尽くすのよ!? 健闘を祈ってるわ』
とバカにしたような口調で言ってくるから、背すじの伸びを保てないおれは、グググッ……と両手を握り込んでしまう。
『極端な男女比に負けて大失敗しちゃったら、受験から帰ってきたわたしのお説教が待ってるんだからね☆』
笑い声が生まれて拡がる。女子の参加者9人全員が、おれという男子に向けられた葉山のメッセージを楽しんで面白がっている……!!
× × ×
「『極端な男女比』に早くも敗北寸前じゃん。これだから兄貴は……」
愚弄するが如き笑みで、妹のあすかがおれに視線を伸ばしてくる。今年何度目だよ、『これだから兄貴は……』ってフレーズ。
「ビデオレターは葉山さんで終わりじゃないんだよ!? この時点でヘロヘロになってもらったら困るんだけど」
兄を自由奔放に叱りつけるあすかが着座しているのはテレビ画面近くに置かれた椅子。
リモコンを手に取った妹は次なるビデオレターを大きな液晶画面に映し出そうとする。
小泉小陽(こいずみ こはる)さんの髪の長さは葉山むつみの半分程度だ。数ヶ月前に顔を合わせた時はもう少し髪が伸びていた気もするがうろ憶えである。葉山同様に黒髪は染めていない。高校教師なんだもんな。髪を染めないコトで生徒たちにどこまで「模範」を示せるのかどうかはおれには分からんが。
画面に映し出されたばかりの小泉さんが自分の髪に触れた。右人差し指と右中指を右の耳元の黒髪に軽く当てる小泉さん。葉山むつみと同じく、彼女と知り合ってから7年以上の月日が経過しているのだが、こんな仕草を目の当たりにするのは初めてだった。
『……んーっと。まず、謝らなきゃいけないよね』
口を開く小泉さん。声の湿っぽさが伝わってきたから驚く。こういう「湿っぽさ」が小泉さんから発信されるとは……。
『不参加になっちゃって、ゴメンナサイ。特に、戸部くんと羽田(はねだ)さんには、ゴメンナサイだな。せっかく、2人のマンション部屋を会場にしてくれたのに、わたし、足を運べなくて……』
視線が斜め左下寄りになっていってしまっている。ここまで申し訳無さそうにしなくたっていいのに……。
「謝り過ぎる必要無いですよ、小泉さん」
テレビ画面の中に届けとばかりコトバを発したのは、おれの座っているソファの右隣の床にいつの間にか正座していたおれの『ふたり暮らし』のパートナーだった。
愛よ……。なぜ、ビデオレターと対話しようとしているのか? なぜ、わざわざ床に正座しているのか?
疑問の視線をおれは伸ばすが愛は微動だもしない。
『言い訳し過ぎると、みんなウンザリしちゃうだろうし。言い訳し過ぎは、わたしの自己嫌悪も育てていっちゃうし。だから、不参加の理由説明は、3つの理由を説明するだけに留めておく』
そう言ってから小泉さんは3つの理由を語り始めた。
3つの理由は納得できる理由ではあったが、終始歯切れの悪い語り方だったのがおれには気になった。
もっと言えば、語られた3つの理由よりも大きな理由が潜んでいるようにも思えた。
おれは、右横で正座中の愛にもう一度眼を向けてみた。
小泉さんが内部に閉じ込めているシリアスな事情をおれなんかよりも遥かに敏(さと)く感じ取っているようだった。
テレビ画面へと伸ばしている視線は真剣としか言いようが無かった。
『小泉さんが置かれている状況を全部分かってあげたい』というキモチを愛の眼差しから強く強くおれは感じたのだった。