「なーんか、緊張を感じちゃうね」
親友の美星(みほし)がそう言いながら椅子に背中を預ける。
「わかる」
机を挟んで美星とおしゃべりしているわたしは同調する。
「今日は肌寒いから、なおさら」
わたしはそう付け加える。
「3年生の緊張感が伝わってくるみたいだよ、風の冷たさを感じると」
こう表現したら、美星がカラダを前に傾けて、深くうなずいた。
3年生は昨日から自由登校期間に入った。受験ムードが色濃くなる。
3学期になってから、3年生と校舎ですれ違うと殺気立つモノを感じるコトがしばしば。特に先月の共通試験前後は、道行く3年生の5人に3人はピリピリした空気を身にまとっているように感じた。
自由登校期間になっても学校にやってくる3年生は大勢いる。学校に来ないと勉強に身が入らないのは共感できる。3年生の教室がある校舎がますます近寄りがたくなってしまってきているけど。
× × ×
授業が終わって、旧校舎の【第2放送室】に直行する。
ドアを開けたら、トヨサキ三太(さんた)くんの姿があった。
トヨサキくんがわたしより先に【第2放送室】に入っているのはさほど珍しいコトではない。
ただ、ドアを開けた瞬間に眼に飛び込んできたトヨサキくんは、かなり珍しいトヨサキくんだった。いつものトヨサキくんとは違った。
大げさに言うと、トヨサキくんがトヨサキくんじゃないみたいだった。
真剣そのものだった。何が真剣そのものだったかと言うと、大型の木机(きづくえ)に向かってノートにボールペンを走らせている姿が。
彼のその姿ゆえに、ドア付近でしばし立ち止まってしまった。
立ち止まり続け過ぎると疑いの眼で見られてしまうかもしれないから、小さく息を吸って軽く息を吐いてから歩き出した。
わたしが大型の木机まで1メートル未満になったトコロで、トヨサキくんがボールペンを動かす手を止めた。
「何を書いてたの。奇妙なくらい真剣だったじゃん」
見下ろすわたしからの問い掛け。
「1月のまとめ」
トヨサキくんからの答え。
「1月の何をまとめたかったの」
苦笑しながら訊くわたし。
「いろいろまとめたかったんだよ。具体例を列挙しきれないぐらい、いろいろな」
なにそれおかしい。
わたしに笑い声をこぼされたいのかな。
「タカムラ。おまえがおれに怒った回数もちゃんと書き留めてある」
なにそれ不都合。
わたしにキツいお説教をかまされたいのかな。
「なんでノート書くのにそこまで執着するの」
問うていくわたしはそれぞれの腰にそれぞれの手を当てている。わたしの腰が喧嘩腰(ケンカごし)になっていく。
「執着の理由を教えたら長ーくなっちまうから、教えない。今日も編集作業するんだろ、先月撮(と)った番組の。こういうやり取りが続くコトで編集作業の時間が短くなるワケにはいかないだろ」
正論めいたコトバを吐き出すトヨサキくんなんてとっても珍しい。
何かヘンなモノでも食べちゃったの。疑っちゃうよ。
× × ×
『文系クラスのわたしたちが理系科目について本気を出して考えてみる』というのがコンセプトの番組を3学期初めから制作している。
1月終わりの時点で撮影は終わっていたので、現在は編集作業の段階だ。編集作業を英語で『カッティング』って言うとか言わないとか。
カタカナコトバを使うと一気にカッコつけた感じになるけどそれはいいとして、
「今日はこのへんにしよっかぁ」
「え、中途半端じゃね? タカムラらしくもない」
「中途半端じゃないよ。このタイミングで切り上げるのが1番いいよ。ここで切り上げないと、やめるタイミングを見失って校舎の外が真っ暗になっちゃうよ」
「……だろうか。頑張ったら、今日中に最後まで行けそうな気もするけど」
目線下げ気味のトヨサキくんは名残惜しそうだ。
最後まで行くのにこだわっているような顔付きが眼に留まる。
ノートにボールペンを走らせていた時と同じような真剣さが伝わってくる。
スタジオの縦長テーブルを挟んで向き合っていた彼から思わず眼を逸らし、編集中の映像が映り込んでいるノートPCに眼を凝らす。
「ま、いっか」
そんな声がわたしの鼓膜を震わせる。
「早く下校した方が、おまえの親御さんも安心するし、おまえの弟の学武(マナム)くんも嬉しいだろうからな」
……なんでいきなり、わたしの家族に言及してくるのかな。
『弟の学武くんも嬉しいだろうから』なんて、キミには言われたくなかった。
胸がくすぐったくなってくるじゃん。
「トヨサキくん? ……ちょっとだけ、『イヤらしい』って思っちゃったんですけど」
「なーにが『イヤらしい』んだ、なーにが」
「キミには答えてあげたくない」
視線を彼に戻しつつ、突っぱねる。
トヨサキくんの顔に苦笑の色が濃くなるのを感じ取る。
わたしの目線の険しさが増す。
……だけど、険しい眼つきで見続けていたら、彼の苦笑がいつもと違う苦笑であるのを感じ取り始めてしまう。
攻撃的とは真反対な苦笑。
柔らかな苦笑。
しかも、なんだか、オトナっぽい。
彼はわたし同様現在高校2年生だけど、『中学5年生と定義した方が絶対にいい!!』と思ってしまうコトも少なくない。
中学5年生なトヨサキくんの方が、本来のトヨサキくんであるはず……だったのに。
今の眼の前のトヨサキくんは、高校3年生よりも2段階以上オトナびているような表情になっている。
まるで、高校5年生、みたく……。
わたしは真下を向かざるを得なくなる。卓上にすら眼を向けられない。膝丈の制服スカートに目線が直撃する。
クレームを言いたいぐらいの表情の優しさが、わたしの胃袋を締め付ける。