ダイニングテーブルに朝飯の皿やお椀がズラリと並べられていた。
皿に盛られたオカズ。お椀から立ち昇る湯気。
キッチンを背にして、愛(あい)とあすかが誇らしげに立っている。愛は黄緑色のエプロン姿、あすかはピンク色のエプロン姿。
「おはようアツマくん!」と愛。
「おはようお兄ちゃん!」とあすか。
「……おはよう」と応えながら、おれはダイニングテーブルに歩み寄る。
ダイニングテーブルを挟んでおれと向かい合う女子2名。おれの起床時刻をカンペキに読んでいたかの如く朝飯を作り上げた女子2名。
「おれが起きてくるのが15分遅れてたら、どーするつもりだったんだ」
「バカなコト言わないのよ、アツマくん」
「お、おれはバカなコトは言っとらんっ」
慌てて愛に反発するおれ。起き抜けに『バカ』と言われるのはキツい。
「席についてほしいんですけど」
腕組みしながらニコニコと愛が言う。
釈然としないモノを感じながらも、言われた通りに着席してやる。
おれの真正面に愛が着席。おれから見て愛の左隣にあすかが着席。
あすかがニヤニヤと、
「バカ兄(あに)の起床時刻の予想、おねーさんが外すワケなんか無いじゃん」
おまえまで『バカ』を使いやがって。せめて『兄貴』と言ってくれ。『バカ兄』呼びはいい加減卒業してくれ。
× × ×
『ごちそうさまでした』を3人一緒に言った直後、
「グッスリ眠れた?」
と愛がおれに訊いてきた。
素晴らしく晴れやかな顔だ。……直視できなくなる1歩手前なレベルで。
「どちらかと言えば、グッスリだった」
答えるおれ。泳ぐ視線を制御するのが難しくなってきている。
「煮え切らないねぇ~~」
あすかがそう言いながら、すこぶる愉快そうな眼つきでおれを見てきて、
「わたしとおねーさんの合作の朝ご飯だったんだけどさ」
と言い、
「わたしがどのオカズを作ったのか、わかった!?」
とテンションを上げながら訊いてくる。
朝飯の味わいを思い出して『正解』を探ろうとするも、舌の記憶に自信が持てない。
不正解を覚悟しつつ、
「サバの味噌煮」
と解答したらば、
「エッ……。大正解」
と驚いたようにあすかが言ってきた。
その反応はいったいなんなんだ。おれに正解を言われると都合悪かったりするんか。
それにしても、
「朝からサバの味噌煮なんてなかなか作らんよな。おまえもずいぶんと頑張ったんだな、あすか」
両頬(りょうほほ)に赤みが兆すあすかが、
「『頑張った』って、どゆこと……? お兄ちゃん」
「どーゆーもこーゆーもねーよ」
火照り始めの妹の顔をまっすぐ見てやるコトができているおれは、
「美味かったよ。作ってくれて、ありがとな」
× × ×
すごい勢いであすかに肩叩きされている。
朝飯の時から同じ椅子に座り続けているおれの背後で、高速の肩叩きをあすかは黙々と続けている。
ココロの火照りがなかなか消えてくれないから、一切声を出してこないんだろう。
振り向かない配慮ぐらい、おれだってできる。
すごい速さの肩叩きは案外心地良い。
あすかがおれの肩をすごい勢いで叩く一方で、キッチンと向かい合う愛は朝飯の食器をすごい勢いで洗っている。
愛のヤツ、昨晩はずいぶんと弱音を吐いていたくせに、朝からパワー全開だな。
……ずいぶんと弱音を吐いていたのは、おれの背後で高速肩叩き継続中の妹も同じで。
「なあ。妹よ」
呼び掛けたあとで、
「サービスされっ放しも、悪いから」
と言い、
「おまえの肩叩きが終わったあとで、おまえに肩叩きしてやろうか?」
と言う。
あすかの高速肩叩きが突如としてストップ。
「なっなにゆーの、おにーちゃん!?」
混乱した声が出てきて、
「わたしべつに、肩、こってないからっ」
と強がる声も出てくるが、
「嘘を言うな!」
と朗らかにおれは言い、
「強がり過ぎるなよ。少しは甘えてもらわんとな。甘えが足りないと、お説教したくなっちまうだろーが」
と、しなやかに言う。
× × ×
『土曜日の午前だし、バスルームでも掃除するか』
そう思い、バスルーム付近に立つ。
が、
「お兄ちゃん、もしかして、バスルーム掃除するつもりなの?」
と、数メートル後方からの声。
「おまえ冴えてるな。おれのココロ読めてるじゃねーか」
苦笑混じりに言い、バスルームのドアを見据える。
妹の気配が近付く感触。
「わたしが、代わってあげるよ……。お兄ちゃんは社会人なんだから」
余裕のおれは、
「社会人だったら、バスルームを掃除しちゃいかんのか?」
余裕の全く無い妹は、
「そ、そういう意味で言ってるんじゃ無いからっ。連勤でくたびれてるんでしょ? 休んだ方がいいって、絶対……。このマンションにお世話になるんだから、お兄ちゃんの負担、減らしたいのっ」
おれは、兄として、イジワルに、
「『減らされたくないです』って言ったら、どーする?」
妹の無言がやって来る。
ま、戸惑わない方がおかしいかもな。
イジワルにされたら、コトバで食い下がれなくなってしまう……そんな妹をこれ以上追い詰めていきたくないから、
「おまえのキモチは、嬉しいよ」
と温(ぬく)みを籠めた声で言い、振り返る。
「だけど、土日だって少しはカラダ動かしたいから。『なまっちまう』のはイヤだからな」
そう言って、目線を上手に上げられない妹の両肩を両手でぽーん、と押さえてやる。