どうにか、リビングソファまで来るコトができた。
左隣にあすかが座り、右隣に愛(あい)が座る。女子2人がおれを『サンドイッチ』する構図。『不安』があるから、助けてほしい。助けてほしいから、『サンドイッチ』する。サンドイッチの具にあたるおれの挟み方は、カラダを押し付けてくるというよりも、カラダを弱々しげに寄り添わせてくるという感じだ。両側から弱々しくサンドイッチされる。デジャヴが無いでも無い。
おれの左肩をあすかがオデコでグリグリし始めてきた。またかよ。さっきは立ったまま、おれの胸板にグリグリ攻撃かましてきやがったよな? 『ここ10年で、おまえのグリグリ攻撃も通算何度目になるのか』って話だ。なんか、グリグリ攻撃の頻度が近年になるにつれて上昇してる気がするんですけど。甘えてくる時は、グリグリ攻撃……ってパターンが定着しちゃってますよね。
おれの右手に、くすぐったい感触。もちろん、くすぐってきているのは右サイドの愛である。愛は、おれの手に好き勝手に触れてくるのが好きだ。今は、余裕タップリに手を弄(もてあそ)ぶのではなく、縋(すが)りたいがためにおれの手をいじくってきている。オモチャみたいに扱ってきているといえど、『助けてよ……』という無言のメッセージの表現である側面も色濃い。要するに、おれのパートナーは現在、おれの手をオモチャとみなすと同時にキモチを伝える媒体としてもみなしているのだ。
「愛さんよ」
呼び掛けるおれは、
「懲りないね、くすぐり攻撃。毎度の如(ごと)く」
と、からかう。
これが良くなかった。くすぐり攻撃が停まったかと思えば、今度は右手の甲に爪を立ててきやがったのだ。
「痛いぞぉ」
痛みを誇張しておれは言う。
愛は爪をより一層食い込ませてくる。こわいですねぇ。
× × ×
愛の爪の感触が右手の甲から消える。
その直後、
「そろそろ、わたしたちの『不安』の中身を言っていくべきよね……」
というコトバが愛からやって来る。
おれは、背すじをやや伸ばし、
「何となくは把握できてきてるぞ、こっちも」
と言い、
「おまえらの『不安』っつーのは、『社会に出る不安』っつーコトなんだろ」
と指摘していく。
先制パンチを食らわされたみたいになった愛が、
「どうしてわかるの」
と定番のセリフを口から出す。
横目を向けると、これ以上無いほどに真顔になっている。
逆サイドから、あすかによるグリグリ攻撃の再開。逆サイドの妹も、おれの指摘が図星だったみたいだ。
まぁ妹には好きにグリグリさせておくとして、
「愛。おまえは、4月から『先生』になるとはいえ、本当の意味で『先生』になるワケでは無いんだもんな」
「……そう。講師だから、講師に過ぎないから、非正規雇用」
すぐに応答してきてくれる愛に、
「おれは、そこら辺の事情、まだ理解できてないんだが。教育現場も複雑だってコトだよな。教育現場だからこそ、事情が複雑になって来るんかね」
読者の皆様に初めて明かされる事実がある。
そうです。愛ちゃん、4月から、高校の教室で授業するコトになるんですよねー。
『先生』と呼ばれるようにはなる……一応は。クラス担任などにはなれない。地歴公民科目を授業で教えるだけ。
採用試験には落ちたが、学校で働く。どうやら、『常勤講師』という身分であるらしい。
採用試験に通っていない人間が授業をするコトのできるメカニズムを、おれは未だに理解できていない。
ただ、
「非正規雇用って事実が、重いんだよな?」
「そうよ。その通りよ、アツマくん」
真剣な声で答えてくる愛が、
「とっても大きな岩みたいなモノが、頻(しき)りに重くのしかかって来るの。押し潰されないために、必死に耐えてる状態」
と説明する。
「なるほど」
おれは納得を示し、
「おれが優しいコトバをかけてやっても、なかなか軽くならない……そういうタチのやつか」
と言いながら、必要最小限の握力で、愛の左手を自分の右手で握ってやる。
「そうなの。執拗に重みを加えてくるの」
答える声が、少しフニャけ始めている。
右肩に、左肩の感触。より一層寄り添う以外に選択肢が無いかの如く、おれの肩に自分の肩をくっつけてくる。
柔らかな感触ではあるが、元気が伝わってこないのが難儀である。
「重いのは……わたしもっ」
左サイドから食い込んでくるコトバがあった。
「社会に出るの、こわい。おねーさんと、おんなじ」
悲鳴同然の声を上げるあすか。
妹のSOSを受け止める兄貴のおれ……なワケではあるが、
「なんでやねん。おまえは正社員として社会に出るんやないか、愛と違って」
と関西弁風味のツッコミで対応したら、
「キモチワルイ喋り方しないでよ最悪ッ」
とヒステリックな早口をブチ当てられてしまった。
やっぱりか。関西弁モドキなツッコミは、軽率か。
妹は、謝るヒマも与えてくれない。程無くして、パンチの感触が胸板にやって来た。
ポコポコ連打してくる。ココロが弱っているせいで、痛みを全く加えられていない。
妹の不甲斐無いパンチが、兄貴にとっては心地良い。
弱々(よわよわ)なパンチを際限無く繰り出してきながら、
「理解してよバカ兄(あに)、社会人になったら、おねーさんと一緒の時間がすっごく減っちゃうんだよ!?」
とコトバを迫らせてくる。
おれは、真っ当に、
「いや、そこは覚悟しておくべきだろ、一緒の時間が減るのなんて、当たり前……」
と言っていくが、言い切る前に、
「バカ兄ともなかなか会えなくなるんじゃん……!!」
と悲しみの籠もった声をぶつけられてしまう。
「わたし、ダメになっちゃうかもしれない……おにーちゃんになかなか会えなくなったら……こうやって怒ったり殴ったりする機会が、無くなっていっちゃったら……」
ついに『おにーちゃん』呼びに移行した妹が、パンチの両手をピタッと停め、顔を胸板に押し当ててきた。
沈み込ませてくるかの如き勢い。グリグリ攻撃や無限パンチとは違う。『痛さ』というモノを兄貴たるおれに与えてくるのに成功している。
「しょーがねーなー」
と言いつつも、妹の中のいろんなダメージが直(ジカ)に伝わってきているのを自覚しているから、
「ホントーに、おまえってやつは」
と必要最大限の優しさを籠めた声を出し、妹の背中をスリスリと擦(さす)り始めてやる。
これほど柔らかく背中を擦ってやるのは、いつ以来だろうか……。
こんな状態にまでなっている妹と、距離を置きたくない。
間近で支えてやらねば、折れてしまう。
妹を最悪の状態にさせる兄に兄の資格があるだろうか。あるワケが無い。
妹を近くに居させたい。見守りたいから。
膨らみ続ける決心。
「あすか。提案がある」
おれが出した声に妹が反応し、顔を沈める強さを少し弱めてくれる。
「しばらく、おれたちと一緒に暮らしてみるか?」
膨らみに膨らんだ決心を吐き出す。
妹が唖然呆然となるのが手に取るように分かる。
いきなりの提案だったのだ。しかも、かなり大胆な提案だったのだ。唖然呆然となるのも仕方が無い。
すぐには答えを言ってくれないのぐらい分かり切っている。
だから、ジックリと待ってやる。どこまでも待ってやる。
おれには確信がある。
やがて小さな声が聞こえてくるという確信が。
おれの提案を受け入れるコトバが聞こえてくるという確信が。