小雨の音を背にして楕円形テーブルと向き合っている。おにぎり2個と大根サラダとボトルコーヒーを買い物バッグから取り出してテーブル上に並べる。昼食を摂る場所はどこでも良かった。階下(した)の大きなリビングでも階下の小さなリビングでも良かった。自分の部屋で昼食を摂るのを選んだのは何となくだ。
おかかおにぎりの包装を破る。おかかおにぎりを口に持っていく。パリッとした海苔の感触。何の変哲も無くてこれまで何度も食べているおかかおにぎりだけど、噛みついた時の海苔の感触はちょっと嬉しい。
ツナマヨおにぎりの包装を破る。ツナマヨおにぎりを一旦テーブル上に置き、大根サラダを今度は持ち上げ、包装を剥がしていく。大根サラダをテーブル上に戻し、ノンオイル和風ドレッシングを摘み上げ、勢い良く吹き出ないように慎重に開いていく。
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小雨がなかなか鳴り止まない。ボトルコーヒーを何とか飲み切り、楕円形テーブル上にとん、と置く。砂糖もミルクも一切入っていないボトルコーヒー。おねーさんがいつも飲んでいるみたいな飲み方をした。コーヒーの味わい方に関してはおねーさんの方が100倍オトナなのを痛感した。
へこたれてはいられなかった。ブラックなコーヒーは飲みにくいけどわたしは22歳の成人女子なのだ。もう幾つ寝ると社会人なのだ。もう幾つ寝るとスポーツ新聞社の新人記者なのだ。
『予習』をしなければならない。何の予習かというと競馬の予習だ。不幸にも(?)中央競馬担当になってしまった。不本意ではあったけど、競馬記者として使い物になるようにならなければならない。務まるための準備には抜かりが無い。競馬に詳しい何人かの知り合いに学んでいるし、独りの時も『資料』に眼を通すのを怠っていない。
『資料』とは主に、スポーツ新聞の競馬面や競馬新聞や週刊競馬雑誌。だけどそれらだけじゃない。南浦和のカフェレストランのバイトで稼いだお金を競馬関連書籍にいっぱいつぎ込んでいる。
例えば、わたしが今膝上(ひざうえ)に置いている種牡馬図鑑。リーディングサイアー1位から順番に産駒の特徴を解説している。もちろんどの種牡馬の血統表も掲載している。種牡馬の父だけではなく母父もだいぶ憶えた。『配合』というモノが少し分かってきた。
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ダート戦に強い種牡馬のページを幾つか読んだあとで種牡馬図鑑を閉じ、立ち上がって種牡馬図鑑を勉強机の上に置く。
それから、CD棚に歩み寄っていき、アルバムを1枚引き抜き、CD棚の上に置いてあるCDラジカセにセットする。
再生し始めたのはX(エックス)の『BLUE BLOOD』だった。
XJAPANの『BLUE BLOOD』ではない。〝X〟の『BLUE BLOOD』である。念のため。
例によってわたしが産まれる遥か前のアルバムなワケだ。ググったら1989年発売とか書いてあった。わたしのお母さんがまだ10代の頃のリリースだ。うろ憶えだけど、お母さんは当時ジャパニーズ・メタルに関心が無かったから『BLUE BLOOD』は聴かなかったが、お母さんの親友の心(こころ)さん――つまり、おねーさんのお母さん――は『BLUE BLOOD』を結構愛聴していたらしい。心さんがXやXJAPANのライブに足を運んでいたかどうかまではインプットしていない。
とにかくともかく、わたしが産まれる約14年前のアルバムで、お母さん世代の青春時代のアルバムであっても、いいモノはいいですよね……というお話。
いいモノはいいと本当に思っているから、YOSHIKIの激し過ぎるぐらい激しいドラムに真面目に耳を傾ける。
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ボトルコーヒーを飲み干して『BLUE BLOOD』を聴き通したんだから、お昼寝しようと思っても上手に寝入られるワケも無い。
仰向けでベッドに身を預けてはいるけど、寝入られないからスマートフォンを無為にぽちぽちしてしまうし、寝入られないから天井に向ける目線が無駄に険しくなってしまう。
スマートフォンを雑に置き、天井目がけて溜め息をつく。
……明日はわたしの兄の誕生日なのだ。
25回目の。
意識しないワケが無い。『ブラザー・コンプレックスなの?』と訊かれたら死力を尽くして否定するけど。
去年は、ずいぶん雑な祝い方をしてしまったモノだと思う。わたしの誕生日プレゼントもわたしの贈ったコトバもずいぶんといい加減だったと思う。後悔すると、キモチが苦くなる。
キモチが苦くならないためには去年よりも100倍上手な祝い方を模索するべきで、だけども兄貴の祝い方なんか簡単に模索できるモノでもなくて、半ば困り果てている。
どうすればいいのかな。明日なんだから、猶予はあまり無いよ。
……天井に視線を固定させつつ、歯を食いしばってしまう。
もっと兄貴に素直な妹だったら、祝福の仕方をもっと簡単に考え出せたんだろうな。
わたしって……どれだけ妹らしく、兄貴に接するコトができてただろうか……。
ベッドに仰向けのまま、眼を閉じてみた。
兄貴に優しくするコトができた場面よりも先に、兄貴に優しくされた場面の方が浮かび上がってきた。
愛情の籠もったコトバをかけられたり。
頭をナデナデされたり。
抱き締められたり。
湧き上がってくる記憶のせいで、手先や足先までも火照り出してくる。
少しだけ、お兄ちゃんは、卑怯だ。
愛情の籠もったコトバも、頭ナデナデも、抱き締めも、わたしを恥ずかしいキモチにさせるのに多大なる貢献を果たしてきた。
愛情の籠もったコトバを言われた時、頭をナデナデされた時、抱き締められた時、わたしのカラダの熱もココロの熱も急激に過剰になるのが常だった。
そうだ。いつでも、悔しいぐらい、恥ずかったんだ。
……だけど。そうでは、あるんだけど。
やがてほとぼりが冷めたら……いつでも、恥ずいキモチが、嬉しいキモチに変化していって。
嬉しい感情。そこから、感謝の想いが染み出てくる。
そして、染み出てきた感謝の想いが拡がるたび、お兄ちゃんへの尊敬のレベルが上がり、わたしが新しいわたしになれたコトも自覚する。
お兄ちゃんに優しくされると、わたしの中の何かが変わる。結構ドラスティックに変わる。細胞が丸っ切り入れ替わる……って形容したらいいんだろうか。例えば、頭ナデナデされちゃった次の朝に目覚めた瞬間、これまで経験したコトも無かったような清々(すがすが)しさを実感したり。
――時には、わたしの方からも優しさを行使した。
お兄ちゃんに甘えてしまった事実をわたしは認める。何度も何度も甘えてしまった事実を。
お兄ちゃんに結構な頻度で甘えてしまうわたしをわたしは受け入れる。女子高校生だった頃なら受け入れるのなんか無理だっただろうけど、今はもう女子高校生なんかじゃない。
気温は最も高い時間帯だけど、エアコンは弱めだから、掛け布団の感触はかなりヒンヤリだ。
カラダが冷えると、誰かの熱を求めたくなっちゃう。
お兄ちゃんは、カラダの熱を分けてくださいと請求する最有力候補の1人だ。
ベタつくコトも稀なワケじゃないし……やっぱ、ブラコン成分、わたしにも結構あるのかな?
ブラコン成分がいっぱい含まれていたって、致命的に不都合なワケじゃないと思うけど。
仲が悪いより、ぜんぜん良(い)い。
わたし、明日のお兄ちゃんの誕生日、お兄ちゃんのカラダのどこかを、全力でグリグリしてるかも。