「どれぐらいの分量の豚バラ肉を買えばいいんでしょうか?」
お肉売り場に豚肉が並んでいるのを見ながら、ぼくはアツマさんに訊いてみる。
「愛(あい)のヤツ、豚バラの分量を買い物メモに書いてなかったもんな」
ぼくの左隣に立つアツマさんは、そう言いながら、並べられた豚肉パックに視線を食い込ませる。
「ぼくの姉って、妙なトコロでいい加減ですよね。あんなに料理の腕前があるのに、買ってきてほしい食材の分量を書き漏らすなんて」
「『分量ぐらい、書かなくたって判断できるでしょ』って思ってそうだよな」
「驕(おご)りですね」
「驕りだな」
ぼくもアツマさんも苦笑いを堪(こら)え切れなくなる。
アツマさんが、苦笑いを持続させながら、
「任せろ利比古(としひこ)。あいつの『ふたり暮らし』パートナーとして、豚バラの最適な分量を導き出してやる」
× × ×
スーパーマーケットからの帰り道。ぼくは右手で買い物バッグを持っていて、アツマさんは両手で買い物バッグを持っている。買い物バッグを3つも用意しなければならないほどの買い出しだったというコトだ。姉の酷使。
こき使う姉にも負けず買い物バッグを両手で悠々と運んでいるアツマさんを本当に尊敬する。アツマさんが運んでいる買い物バッグはパンパンに膨らんでいるのに。
「利比古、少し休憩してみるか」
小さな公園を指差してアツマさんが言う。
「帰りが遅くなると姉がピリピリしちゃうんじゃないでしょーか?」
「かまわねーよ」
アツマさんは言い、
「あいつのアンガーマネジメントも、おれにお任せだ」
やや長めの木のベンチに2人で腰掛ける。
ゆっくりと空を見上げてみるぼく。冬の空に冬の雲がゆったりと浮かんでいる。あと少ししたら夕暮れの色が兆してくるはずだ。
アツマさんと2人並んで座って無為(むい)の時間を過ごせるありがたみを感じながら、ぼくは視線を元通りにする。
公園の出入り口付近を見つめながら、
「アツマさんは、姉の取り扱いが世界一上手いから、ココロから尊敬してます」
ぼくの左隣のアツマさんが、
「おいおい。おれの胸をくすぐったくさせ過ぎるなよな?」
「させ過ぎちゃっても許してほしいんですが」
「ほーっ。おまえも言うよーになったもんだ」
チラッと目線を寄せたら、照れ笑いになっていた。
ぼくも照れ気味な気分になっていて微笑を堪え切れていないから、「おあいこ」というかなんというか……である。
アツマさんのおかげでココロにもカラダにも温もりを感じ始めているから、思い切って、
「アツマさん。ぼく、姉の『これから』を、アツマさんに全部託したいんです」
と顔を寄せて告げてみる。
彼の表情が真顔に近くなる。
唐突だっただろうか。
唐突だったんだろうな。
だけど、告げたコトに後悔は無かったし、本心をぶつけられたから、スッキリとした満足感がある。
アツマさんは目線を少しだけ下降させるけど、
「おまえに言われたからには、頑張らんといかんよな」
と応える声には、エネルギーが籠もっていた。
「利比古。おれ、精一杯頑張るからさ」
そう言ってくれたあとで、
「おまえも、頑張るんだぞ?」
と言うと同時に、背中を優しく叩いてくれる。
「わかるんよ、おまえが頑張るべきコト、いろいろあるって。なんだかんだで、おまえとも長い付き合いなんだしさ」
声に籠もる暖かきエネルギー。
夕方5時のチャイムまではまだ少し時間があるけど、チャイムが響き渡り始めるまで、アツマさんと「このまま」で過ごしていたかった。
× × ×
「ぼくとアツマさんも手伝うよ」
マンション部屋のダイニング・キッチンで、姉の至近距離に立って、そう宣言する。
ピンク色のエプロンの姉は、
「え……」
と、後ずさる。
姉が後ずさるコトのできる余地はもう無かった。これ以上後ろに下がると、キッチンに腰をぶつけてしまう。
「言ったわよね!? 夕食は、最初から……『わたしにおまかせ』、って」
「言ったねえ」
ぼくはとりあえずそう応えるけど、
「だけどね、スーパーからの帰り道をアツマさんと歩いてたら、『全部おまかせするのも悪いな』って思いが急浮上してきたんだ」
「急浮上、だなんて……」
狼狽(うろた)えて言う姉がまるで『オトナの迷子』みたいだ。
「気まぐれ過ぎかな?」
ぼくは問う。
「ぼくたちの気まぐれと、お姉ちゃんの『恒例』になってる気まぐれと、どっちがより気まぐれだろうか」
余計かもしれないクエスチョンを付け加えてみる。
無言になる姉。キモチは分かるよ。
ここで、ぼくの右横までアツマさんが歩み寄ってきて、
「おれ、今日は午前中オンリーの勤務だったし、体力、あり余ってて。お料理に体力が凄く必要なワケでも無いと思うが、それでも……な」
「……アツマくんの言いたいコト、イマイチ見えてこない」
と姉。
「おまえってそんなに理解力乏しかったか~?」
と余裕のアツマさん。
余裕しゃくしゃくに、
「おまえを手伝いたいキモチでいっぱいっつーコトだ」
と言ったかと思うと、姉の両肩に両手をポン! と置いていく――。
× × ×
「かっ片付けをあなた任せにするだなんてっ……!! 片付けぐらい、わたし1人でできるわよっ」
夕食終了後ただちにアツマさんが『片付けはおれが全部やる』と宣言したので、姉は動揺しているのである。
「ひとりでできるもん、ひとりでできるんだからっ」
ダイニングテーブル真向かい席で混乱の様相を呈している姉をぼくは味わう。
ぼくの左隣のアツマさんは、
「おまえが『ひとりでできる』と喚(わめ)くのは、『ひとりでできない』という証拠だ」
とピシャリ。
非常に弱々しい顔になっていく姉。
「過去の具体例が圧倒的に多数で――」
と言いかけるアツマさんを、
「やめてやめて、わたしの弱みを突きまくらないで」
と、懸命に止めようとする。
『弱み』だっていう自覚、あったんだ。
オドロキだ。
× × ×
「アツマさんは空気を読んでくれたんだよ。片付けを全部引き受けるコトで、ぼくとお姉ちゃんだけの空間を作ってくれたんだ」
リビングのソファでぼくの右隣に座っている姉は、
「それぐらいは、理解……してるけど」
すかさずぼくは、
「あやしいな」
「とと利比古ッ!?」
敢えて無言になり、姉にジト目を示してみる。
埒が明かない状態な姉を味わってから、
「ところでところで」
と言い、
「明後日、1月22日は、なんの日なのか。考えなくたって――分かるよね」
と、大事な話題に踏み込み始めていく。
姉の目線が少し下降する。
「あれれー、わすれちゃってるのかなー」
からかってみたら、
「……んなワケ無いでしょ」
と不満気味に言ってきて、
「今、キッチンを磨いてる、わたしの彼氏の、お誕生日」
「正解☆」
ぼくが弄(もてあそ)ぼうとするのが気に食わないのか、
「彼もようやく25歳。25はキリのいい数字。区切りの歳(とし)」
と言いつつ、左の握り拳でぼくの右脇腹をグリグリしてくる。
きっと、アツマさんは、こんな風な折檻(せっかん)を日常的に食らわせられてるんだろうなあ。
羨ましいとは思わないけど。
右脇腹の痛みを我慢しつつ、ぼくは、
「区切りだと思うのなら、全力で祝ってあげなきゃ」
姉は、
「あたりまえよ」
と、グリグリの度合いを強めていく。
「約束できる?」
とぼく。
姉のグリグリ攻撃が停(と)まる。
姉はぼくの方にカラダを向けてくる。
姉はぼくの胸の下辺りを両手で叩き始めてくる。
本気の強さではないけど、呆れるほどリズミカルだ。
姉の連続パンチが胸の下辺りから胸の上辺りに移行する。
痛いのは否定できないけど受け止めてあげるぐらいの余裕は当然持っているぼくは、
「約束できるかどーか、きいてるんだけどなー」
と軽くたしなめる。
「わたしに約束を結ぶのを要求するなんて150年早いんだからっ」
連続パンチを緩めずに、とっても早口で言う姉。
「150年って、またまたー」
呆れるぼく。
「そんなナメた態度取ってると頭突きするわよ!?」
叫ぶ姉。
ナメてなんかいませんから。
わかってないなー。