夕方。都内某所の某カフェ。
わたしの向かい側に、愛(あい)とあすかちゃんが仲良く並んで座っている。左の席に愛、右の席にあすかちゃん。
「侑(ゆう)さん、お仕事が早く終わってハッピーですね」
と言ってくれるあすかちゃん。
「そうね。ハッピーだし、ラッキーだわ。土日に働いた分、月曜だけど早めの仕事終わりになって……。なかなか無いもの、平日のこんな時間帯からあなたたち2人と会えるコトは」
わたしがそう言うと、今度は愛が、
「侑は、ひと足早く、モラトリアムから抜け出したんだものね」
愛とあすかちゃんよりも1年早く社会に出たというコトだ。愛は大学5年生で、あすかちゃんは大学4年生。2人とも、もうすぐ卒業。わたしより1年遅いモラトリアム期間の終わりというコトになる。
愛もあすかちゃんも、学生生活が終わるコトに対する不安とか、あったりするんだろうか……と、ふと思った。
× × ×
もし不安があるのなら、貴重な場だし、相談に乗ってあげたいな……と思いながら向かい側の仲良しコンビを眺めていたら、注文した飲み物やスイーツが運ばれてきた。
大きなバニラアイスがどっかりと乗っかったワッフルをかなりの速度で食べ切ったあすかちゃんが、
「きいてくださいよ~、侑さぁ~~ん」
と甘えん坊な声で言ってきた。
わたしにぶつけたいモノがあるらしい。将来の不安を抱えているのではなくて、何かに対する不満や誰かに対する不満を溜め込んでいるみたい。
「聴いてあげるわよ。なんでも言ってごらんなさい」
快く相談相手になってあげるわたし。受け止めるのは不安ではなくて不満だけど、是非とも思う存分ぶつけてきてほしいと思う。
× × ×
あすかちゃんの不満はあすかちゃんのお兄さんであるアツマさんに対する不満だった。
昨日の日曜日、お邸(やしき)にアツマさんが『プチ帰省』で帰ってきた。
『兄貴から訊き出したいコト山ほどあったから、兄貴の部屋に突入したんです』
普段は愛とマンションで『ふたり暮らし』のアツマさんにマンションでの愛の様子をたくさん教えてほしかったし、他にも訊いてみたいコトはいろいろとあった。
『なのに、バカ兄(あに)ってば、生返事ばっかりで。ベッドに仰向けになって漫画雑誌読み耽って、ぜんぜんホンキで耳を傾けようとしてくれなかったんです』
わたしが『怒ったりしたの、あすかちゃんは? アツマさんの態度に』と訊いたら、
『怒りました。ベッドに飛び乗って、バカ兄から漫画雑誌奪い取って、顔面に漫画雑誌押し付けて……』
という報告がやって来たから、ちょっと吹き出してしまった(あすかちゃんの隣で愛もクスクス笑っちゃっていた)。
× × ×
ミックスジュース(バニラアイストッピング)を追加注文したあすかちゃんが、
「何度同じコトを注意してもダメなんです。叩いても甲斐が無いし、蹴っても甲斐が無い。他にもいろいろ折檻(せっかん)は試したけど、効果が無い。お邸(やしき)に住んでた時のわたしの躾(しつけ)が足りなかったのかも。しょーじき、後悔してます」
と顔をしかめながら言う。
そんなあすかちゃんに向かってわたしは、
「わたし、ひとりっ子だから、あすかちゃんの苦労、100%理解してあげられるワケじゃないんだけど」
と言ってから、ホットカフェラテの入ったカップをコーヒースプーンで数回かき混ぜ、間(ま)を作る。
意図的に間(ま)を作ってみた。
イジワルだとは思うけど、あすかちゃんを『くすぐってみたい』キモチと『試してみたい』キモチがあったのだ。
息を軽く吸って、
「それだけ怒るコトができるのは、アツマさんが、お兄さんとして、本当に大切な存在だからなんでしょ?」
と問い掛ける。
あすかちゃんの両眼が丸くなった。
15歳の女の子みたいな狼狽(うろた)え方だ。ホントは22歳なのに。
彼女の狼狽えに構わず、
「不思議なモノねえ。アツマさん、わたしの前では、いつも頼もしいのに」
と言っていくわたし。
「たのもしい……?」
とあすかちゃん。
「オトナのオトコのヒトだってコトよ」
とわたし。
「そんな……」
とあすかちゃん。
受け止め切れないのね。
しょーがないのかもね。
わたし、あなたの狼狽(ろうばい)ぶりが愉(たの)しいわ。
愉しくてゴメンね。イジワル女子でゴメンね……。
× × ×
3杯目のブレンドコーヒーを飲み終えた愛が、
「この前ね、アツマくんを『テスト』したのよ」
「『テスト』?」
とわたしが訊くと、
「彼の現在の英語力が知りたかったの。大学では英米文学を学んでたんだし、英語力が衰えてたらマズいなーと思って」
「大学で学んだスキルを枯れさせたくないのね」
「そう!! そういうコト!! 侑の言う通り」
凄いテンションになっていく愛は、
「わたし、『あなたの仕事場のカフェ『リュクサンブール』を英語で10分間以上説明しなさい』って『試験問題』を出したんだけどね――」
× × ×
上手く説明できなかったらしい。5分ぐらいでギブアップしちゃったそうな。
英語オンリーの説明なんだもの、難しいわよね。しかも、口頭での説明を強いられた。たぶん、外国語は、書くよりも話す方が難しい。それに、抜き打ちテストだった。アツマさんのココロの準備など愛はお構い無しだった。5分ぐらい粘れただけでも偉いって思うわ。
アツマさんの英語力、か。
とある『出来事』をわたしは思い出すコトができる。
彼を『師匠』として尊敬している身として、その『出来事』を紹介するコトで、擁護してみたかった。
× × ×
「危機感を覚えたから、英会話本をネット通販で3冊注文したのよ。アツマくんのだらしなさがいけないんだわ。彼の辞書には『向学心』というコトバが無いのね」
ブレンドコーヒー4杯目に突入した愛がアツマさんに対する不満をこぼす。満面スマイルで不満をこぼしていた。アツマさんがちょっと可哀想。
わたしは擁護したいから、
「あなたがあなたのパートナーの英語力に危機感を覚えるのも、分からなくはないけど」
と言い、
「今月上旬にわたしとアツマさんの2人でバッティングセンターに行った時の話、この前したでしょ?」
わたしが『特訓してください!!』とアツマさんにお願いしたのである。熱意に負けた彼が承諾してくれて本当に嬉しかった。
「忘れてないわよ。アツマくんがおかしな行動に出たんじゃないかって危惧してたけど、侑の話によると終始無難にバッティング指導してたみたいだから、拍子抜けだった」
『おかしな行動』って……。ホントにもう。苦笑いしちゃうのを我慢できないじゃないの。
「もしかして、侑には、まだ報告できてないコトがあるんじゃないの? バッセンに行った時のコトに関して」
「するどいわねえ」
愛が鋭いので、素直に感心する。素直に感心するから、愛の綺麗な顔をまっすぐ見据える。
「帰り道でね」
とまず言って、
「外国人観光客の女性に道を訊かれたのよ。たぶん、イギリス人女性。アメリカ人女性では無かったと思う。これは、オンナのカン」
「道を訊かれたって、英語で?」
と愛。
「英語で」
と即座に答え、それから、
「わたしはアタフタしちゃってた。道を訊こうとしてるのだけは感じ取れたんだけど、英語を使って咄嗟(とっさ)に説明できるような能力(チカラ)は持ってなかったし。それこそ、『抜き打ちテスト』みたいなモノだった。とてつもなく難しい『抜き打ちテスト』」
愛はニコニコしながら、
「置かれてた状況はアツマくんも同じだったでしょーに。結局、失敗しちゃったんじゃないの? アツマくんがやみくもにボディランゲージしたのが逆効果になっちゃったとかで」
……あなたはどこまであなたの彼氏を信頼してないのよ。
微笑(わら)っちゃうんですけど。
愛? あなた、わたしがこれから話すコト聴いたら、そんな風にニコニコしてられなくなっちゃうと思うわ。
わたし、あの時、アツマさんを、これ以上無いぐらい『カッコいい』って思ったんだから……!!