夕食のダイニングテーブル。
真向かいのアツマくんが、ハッスル気味に、
「どうだ、豚の角煮は!?」
と言ってくる。
「おれの自信作なんだ。手間暇をかけただけの価値はあると思うんだ。辛口のおまえも、このクオリティならば、納得と賞賛のコトバを口に出さざるを得ない……そんな確信があるんだよ」
身を乗り出してきて自信を示している。
自信満々で大変宜しいコト。
でも、
「甘いわね」
と『一刀両断』するのをわたしは少しもガマンできなくって。
アツマくんが身を乗り出さなくなった。
視線が下がる。自信が萎(しぼ)む。
慈悲深くなる気もあまり無いので、わたしは、
「いろんな意味で『甘い』んだけど、1点ピックアップするならば、味付け。『甘さ』が主張し過ぎてるわ。調味料の配分をもっと考えないと」
「……十二分に考えてるつもりだったんですけど、愛(あい)さん」
「あまーい、あまいあまい」
「おっおいっ、『あまい』を連呼し過ぎちゃうか!?」
東京生まれの東京育ちなはずのアツマくんが関西弁を運用し始めた。テンパっているから、謎の関西弁を繰り出し始めているのね。
ただ、関西弁が出てきたからといって、優しいわたしを見せてあげるワケも無く、
「あなたのコトを思って厳しく言ってるのよ?」
というコトバを送り届ける。
手垢の付きまくりな常套句だけど、今の眼前(がんぜん)の彼氏には適切な常套句。
「常日頃思ってるの。あなたには、わたしの水準を超えようとするぐらいの向上心を持ってほしいって。お料理だけじゃなくって、様々な方面で――」
× × ×
アツマくんは、猫背になりながら、食器を洗っていた。
全ての食器を洗っていた。わたしが押し付けたのだ。厳し過ぎるようだけど、やっぱりこれも、彼氏のコトを思っての押し付けなんであって。
で、恒例の『読書タイム』。
今夜は、1時間枠。『好きな本を選んでいいから、枠の間(あいだ)はひたすら読み続ける』というのがルール、というコトになっている。
だけど、『好きな本を選んでいいから』という部分は、わたしの『裁量』によって、ときどき無効化してしまうのである。
そして今夜は『無効化』の絶好のチャンスだった。
なぜなら、くたびれ気味に本棚の前に立ったアツマくんが、お手軽な新書に手を伸ばそうとしていたからだ。
彼の背中に急速に接近するわたしは、
「あなたってホント向上心が無いのね」
とニコニコ笑いながら声を掛ける。
「どーいう意味だよ」
と彼。
「わたしだったら、その新書レーベルには、一切手を付けない」
面白(おもしろ)気分で断言したら、
「また、危ない橋を渡り始めやがって……」
と、彼が振り向いてくる。
「レーベル名を出さなかったら、問題なんか何も無いでしょ?」
「そういう問題じゃない!! おまえ、そういう攻撃的発言はマジで自粛するべきだと思うぞ!? 大学も、もうすぐ卒業するんだし……!!」
「なあに、それ。もしかして、『もっとオトナになれ』って言いたいの?」
「おまえがどう言おうと、おれはこの新書を読む!!」
「だったら――」
本棚眼の前のアツマくんの右横へと俊敏に移動するわたしは、
「わたしが今から抜き取る学術書も読みなさい。『ハーフ&ハーフ』よ。その毒にも薬にもならない新書を30分読ませてあげるから、残りの30分はわたしの選ぶ学術書を読むコト。――いいわね?」
× × ×
わたしが押し付けた学術書を仏頂面で読んでいるアツマくん。カワイイ。
カワイイと感じる一方で、『キツく当たり過ぎたかな』と反省もしている。
反省できないほど極悪なオンナじゃないんだもの。
キツく当たり過ぎたのを謝るつもりも無いけど。
だって、謝るよりも善い行いがあるんだし。
哲学で卒業論文を書いたのだ。れっきとした『哲学ガール』なのだ。哲学する女子として、ソクラテスに倣(なら)わなければならない。――そう、『善く生きなければならない』のである。もちろん、年中無休で善く生きられる自信なんて無いし、そもそも、年中無休で善く生きようだなんて端(ハナ)っから思っていない。そうではあるんだけど、現在(いま)から就寝するまでの数時間だけは、彼氏のために、善く生きてみたい。
『じゃあ善く生きるってなに、善い行いの中身っていったいなに』というハナシにはなってくるんだけど――。
× × ×
『読書タイム』の1時間枠が終わった瞬間に、ソファ座りのアツマくんの真正面に立つ。
「なんやねんな、そんな仁王立ちっぽくなって」
疑似関西弁を繰り出してくるアツマくんはホントにホントにどうしようもないんだけど、彼のセリフ回しなんか、この瞬間は、ホントにホントにどーでもいいんだから、
「わたしが選んだ分厚い学術書を中断無しに読んでくれてたわよね。嬉しい気分だわ」
と言い、その場に腰を下ろし、両脚を後ろ向きに伸ばしていく。
数秒後には上半身を前に傾け始めていた。
アツマくんの両肩を両手で掴み、彼の背中をソファに押し当てさせ、カラダにカラダを被せていく。
彼の全てを覆い尽くす勢いで、彼のカラダに、ベッタリ。
ゴツゴツした感触がある。身長180センチ近いカラダを鍛え上げている証拠だ。
160.5センチのわたしのやわらかいカラダが、『中和』の役目を絶妙に果たす。理想的なスキンシップになる。
「……ずいぶんと手荒な愛情表現だな」
呆れたようにコメントを漏らす彼。
構わず、
「就寝前の2時間か3時間ぐらいは、優しくしたいの」
とキモチをコトバにする。
「アメとムチかよ。おれが作った豚の角煮にも、おれが本棚から選んだ新書にも、あれだけ厳しかったくせに」
とか言ってくるけど、構わず、
「あなたって、どうしてこんなにあったかいの? あなたのとってもあったかいカラダを独り占めできるだなんて、わたしは世界でイチバンの幸せ者……!!」