戸部(とべ)あすか先輩の邸宅に会津(あいづ)ダイチと共に来ている。ダイチとは同じ大学だけどわたしだけ授業をサボって来ているのは誰にも秘密だ。
午後3時の間近。とても広い『リビングB』。『リビングB』の名付け親はあすか先輩、邸内で2番目の規模を誇るのが名付けの理由らしい。
わたしとダイチはソファに腰掛けている。もちろん並んで腰掛けている。そして真向かいのソファにあすか先輩。わたしたちカップルを暖かく見つめてくれているような御姿(おすがた)が眼に焼き付きまくる。
あすか先輩が過去1番オトナのお姉さんに見える。流石は就職間近のお人だ。肩の上まで伸びる黒髪の先端辺りが僅かに縮れているのが本当にポイント高い。お肌も過去1番スベスベと言っていいと思う。太めの眉毛はチャームポイントでありなおかつオトナ女子の魅力を引き立てるアクセントになっている。それから、両脚をスッポリ包み込んでいるロングスカート。身長155センチのはずなのに160センチ台だと錯覚してしまうのに大きく貢献している。もしかしたら、お値段6桁近いロングスカートなのかも……。
見惚(みと)れていたら、
「ソラちゃんも会津くんも、来年度からは都心の方のキャンパスに通うんでしょ? 楽しくなるよね」
とあすか先輩が言ってくれた。声に気品が満ちていて感動する。
わたしは、来年度以降の学生生活の展望を軽く話したあとで、
「――先輩先輩、ダイチとの惚気話(ノロケばなし)するの、許してくれますか!?」
と勢い良く訊いていく。
左隣のダイチは100%、極度に苦々しい顔になっている。眼を寄せなくたって簡単に想像できる。
「ソラちゃんは会津くん大好きだねぇ」
愛するあすか先輩は微笑みながらそう言ったあとで、
「いいよ。存分に話してごらんよ」
と、お許しを出してくれる。
やったあ。
喜びに包まれるわたしは、早速口を開こうとする。
――しかしここで、背後から、リズミカルなスリッパの音。
振り向いてみたら、あすか先輩の同居人である羽田利比古(はねだ としひこ)さんが立っていた。
「ほらほらダイチ、今日も利比古さん、ハリウッド級のイケメン俳優みたいだよ!?」
テンション高く言うのを我慢できなかった。
男子としてはやや長めの髪。お姉さんの羽田愛(はねだ あい)さん譲りの栗色が髪に淡く浮かんでいる。淡い栗色は光彩を放っていて本当に美しい。それから、『どういう保湿効果が作用してるっていうの!?』と叫びたくなるぐらいの艶やか過ぎるお肌。さらには、わたしの彼氏の冴えない目元とは真逆の信じがたいほどキラキラした目元。巷の女子大学生が100人居たら100人全員が立ち尽くして見入ってしまうぐらいの……ヤバい魅力に満ち溢れた目元。身長は確か168センチだったはずだけど、当然の如く均整が取れまくっている体型だから問題なんかナッシング。
「ソラさん、ダイチくん、こんにちは」
「ハイこんにちは!!」
利比古さんに元気良く挨拶のわたし。
だがしかしここで、隣のヘッポコ彼氏が、利比古さんに挨拶する代わりに、
「おい、ソラ。君は利比古さんを『ハリウッド級』と形容したが、思慮が足りていなかったんじゃないのか?」
……ムカつきレベルがググンググンと急上昇するわたしは、
「なにそのツッコミ!? ダイチって、わたしにどーしても焼却処分されたいんだね」
浅ましいダイチが、
「ボクを、『焼却処分』? 罵倒するのはいいが、適切な比喩とは到底思えないぞ」
とか言ってくるけど、『一切構ってあげない』と胸に誓って、両腕の拳をグググググゥッ、と強く握り始める。
そしてそれから、
「あすか先輩、わたしのバカな彼氏のバカな態度、どんな風に思われますか?」
と、尊敬するオトナ女子に眼を寄せていく。
だけどだけど……このタイミングで、『波乱』。
わたしが眼を寄せた途端に、尊敬するオトナ女子のあすか先輩が、結構な勢いでソファから立ち上がったのだ。
ヒヤリとなった。ビクッとなった。胃袋が重たくなるのを感じた。
わたし、あすか先輩の気分を害するようなコト、言ってないはず。
だとしたら、不可解。彼女の動きが……不可解。
彼女が床に視線を落としているのに気が付いた。真下を向いて、少し猫背。
彼女の次の行動や発言が怖くなってくる。
脚を動かすコト無く真下に視線を当て続けている彼女をハラハラしながら見つめる。きっと、左隣のダイチも同じようにハラハラしながら見つめているはず。
「利比古くん、プリン」
ポツリ、とあすか先輩が言った。ポトリ、と床にコトバをこぼすように言った。
ここまで言及していなかったが、わたし&ダイチのソファとあすか先輩のソファを隔てる長テーブルには、級の高そうなカスタードプリンが6個並べられている。
わたし・ダイチ・あすか先輩の3人しか居なかったら、1人2個ずつで余りは出なかった。
ただ、利比古さんが『リビングB』に出現したのである。
『利比古くん、プリン』と言ったってコトは、彼にプリンを提供してあげたいんだろう。
いったい何個提供してあげるつもりなんだろう。余りが出ないのは3個提供する場合だけど、それだとわたしたち3人が1個ずつしか食べられなくなる。
「プリンを取って行け、ってコトですよね。何個いただけるんでしょうか?」
落ち着き払った声音で利比古さんが問い掛けた。
そしたら、
「それぐらい自分で考えてよ。常識的な個数ってモノがあるでしょ、常識的な個数ってモノが」
とあすか先輩がシリアスな声を出した。
「余りが出ないのは、ぼくが3個いただく場合ですよね」
苦笑い混じりの声を利比古さんが出した、その瞬間、
「バカ!!!」
と、あすか先輩が、怒鳴った……。