茅野(かやの)ルミナさんは好きなだけピアノを弾いて帰っていった。児童文化センターで子供たちにエレクトーンを弾いてあげているというルミナさんの演奏はなかなかのモノだった。『愛(あい)ちゃんの演奏と比べて、どっちがステキだった!?』と迫られたのには困ったが。
茅野ルミナさんのパートナーといえば山田(やまだ)ギンさんである。ルミナさんとギンさんが最早ただの幼馴染カンケイでは無いのは明らかだ。カンケイの進展についてそれとなく探りを入れてみたいキモチがあったのだが、できないままにルミナさんを帰宅させてしまった。
× × ×
大みそか。『リビングC』。
某・ジャズミュージシャンのアルバムをステレオコンポで再生させている。今年も激動の1年であった。ジャズで癒やされたかった。癒やしの音楽にもいろいろなジャンルがあるが、今はジャズだ。
ソファに身を任せ、軽く眼を閉じる。
ルミナさんとギンさんのカンケイについてこだわりたかった。彼女と彼は98年生まれ、来年で28歳。「それなり」の年代になってくる。幼馴染の2人は生まれた頃からのつきあいである上に、単なる腐れ縁に留まるコト無くステップを踏んでいるのは多くの人の眼にも明らかだった。
大みそかであるコトだし、きっと、ルミナさんはギンさんの家に出向いているコトだろう。ルミナさんがギンさんの部屋に突入する。ふたりしてテレビゲームで遊ぶ。ゲームをする中で『夫婦ゲンカ』になったりする。『夫婦ゲンカ』がひと段落したあとで、ギンさんが音楽を流し始める。『夫婦ゲンカ』に熱くなり過ぎてくたびれたルミナさんが、ギンさんに寄り添う。
ギンさんの肩にルミナさんが肩を寄せていく場面を思い描いてみた。
思い描いてみるだけならば、なんの不都合も無かった。
だが……。
× × ×
ジャズがまともに耳に入らない状態になってしまった。自分自身の鼓動が強く聞こえてくる。しかもなんだか熱(ねつ)っぽい。実際の体温は平常なのだろうが、カラダのトコロドコロが熱を帯びている実感がある。
『『この前のアレ』がフラッシュバックしてきたばっかりに……』
ココロの中で呟き、くちびるを噛む。
それから、
「なんでだよっ」
と、声に出して、吐き捨てる。
ルミナさんとギンさんの寄り添いを思い描いた直後のコトだった。
この前の、夜の並木道の、『条件付きプロポーズ予告』を愛に突きつけられた場面が、いきなり意識に割り込んできたのだ。
おれのパートナーは……愛は、あの場で、こういう趣旨のコトを言った。
『来年、教員採用試験に合格したら、あなたにプロポーズする』
× × ×
『条件付きプロポーズ予告』をしてきた『張本人』は弟の利比古(としひこ)と仲良く外出している。弟とは結構久々に会うから、寄り添いたいらしい。確か、立川駅周辺をぶらぶらしながらショッピングするとか言っていた。
おそらく、愛は当分邸(ここ)には帰ってこない。『姉弟(きょうだい)デート』が短く終わるワケが無い。これは、正直助かる。なぜなら、『張本人』が不在だと意識過剰にならなくて済むから。
今年はもう、『この前のアレ』すなわち『条件付きプロポーズ予告』について、『張本人』たる愛の前で触れたりするコトは無いだろう。というコトは、『案件』が来年に『持ち越し』になるというコトだ。『案件』とは、つまり……『条件付きプロポーズ予告』をかましてきやがった愛に対して、どういう風に向き合うのか。
× × ×
2枚目のアルバムの再生が終わろうとしていた。2枚目もジャズミュージックだった。ジョン・コルトレーンだった。コルトレーンのアグレッシブな演奏が高まる中、おれは猫背であり続けている。
そういえば、愛は、コルトレーンがかなり好きだった。どのくらい前だっただろうか、コルトレーンの『至上の愛』というアルバムを熱く推し、熱く語っていた。その時、おれが『『至上の愛』、いまいちピンと来ないんだよな』と言ったら、『なんにもわかってないのねぇ~~』と、ズル過ぎる美人スマイルで挑発するように言ってきたのだった。
× × ×
コルトレーンの音が鳴り止んだ数分後に、厄介な人物が『リビングC』に襲来してきた。
東本梢(ひがしもと こずえ)さん。おれより3つ生まれ年度が上なのだが、今年度から働き始めている。おれと同じ大学で、おれのサークルの部屋にしょっちゅう出入りしていた。諸々の事情を抱えていた彼女だったのだが、おれとの繋がりや愛の助言もあって、昨年の春からこの邸(いえ)に暮らし始めていた。
先述の通り、梢さんはなかなかに厄介な女性(ヒト)である。
その証拠に、おれから見て左斜め前のソファにポーン、と腰を下ろした次の瞬間、
「アツマくん猫背だ~~☆」
と『からかいたいキモチ』の充満した声を浴びせてきて、
「大みそかなのに、アガってないねえ!? 『おねえさん』が、景気良くしてあげよっか!?」
目線を上手く上げられないながらに、おれは、
「間に合ってますんで」
と応戦する。
しかし、
「でたぁ~~、『間に合ってますんで』、便利なようで全然便利じゃないコトバ!! ――アツマくん、きみ、ホントは全然『間に合ってない』よね!?」
背中の強張(こわば)り度合いが増すおれに、
「ズバリ!! 愛ちゃんが、利比古くんを連れて、立川に行っちゃった。――そのコトが、さみしいんでしょ」
と畳み掛けてくる梢さん。
懸命に、
「それほどさみしくは無いですから。姉弟水入らずの時間ってのも、大事ですし」
と言う。
のだが、
「アツマくんきみ知ってるよね!? 立川駅前に高島屋があるってコト」
と、彼女から不穏な問い掛け。
ジュワァ、という汗ばみを背中に感じながら、
「知ってますけど、そのぐらい……」
と応答したら、
「じゃあ、高島屋の本社がどこに在(あ)るのかは、知ってる!?」
……かなり汗ばみながら、
「知りませんけども」
と正直に答えたら、
と即座に彼女が言ってきて……。
マズいコトになったぞ。
高島屋の本社が大阪に在るのは初耳だったが、そんなコトよりも、『西日本大好きっ子』な梢さんのテリトリーに引きずり込まれそうになっている状況が、よろしくない。彼女は大学時代『西日本研究会』というおどろおどろしいサークルの幹部だった。西日本の話題になると喋りが止まらなくなる彼女。とりわけ、西日本における『小売』『鉄道』『放送』のコトとなったら、暴走するが如くに喋りを際限無く続けていくコトで定評があった。高島屋は、デパート。もちろん、『小売業』。これはゼッタイ、『高島屋語り』がエスカレートする流れだ。マズいマズい……!!
× × ×
「なーに燃え尽きたみたいになってんの、兄貴? 大みそかなんだよ!? そーんなグッタリしたトコロ、見せつけてこないでよっ」
いつの間にか『リビングC』を襲撃してきた妹のあすかが、消耗しまくりのおれを口撃(こうげき)してくる。
梢さんによる『高島屋トーク』のお陰ですり減りまくっているのだ。少しは理解してほしい。解(わか)ってくれなきゃお兄さんは哀しいぞ、妹よ……? おれから見て右斜め前のソファから身を乗り出してくるのは良(い)いが、呆れた表情をもう少し柔和にしてくれないか……。
おれはおれの落とした肩を上げられないままに、
「なあ、あすか。おまえは……高島屋の包装紙が、なんで薔薇(バラ)のデザインなのか、知ってるか」
「ハアァ!?」
あすかは、眼つきをより一層険しくしたかと思えば、より一層攻撃的な声の勢いで、
「そんな限り無くムダ知識な知識、インプットしてるワケ無いじゃんっ!!」
すかさず、といった感じで、梢さんが、あすかに向かって、
「さっきまで、私が、高島屋を『お題』にして、彼に喋りまくってたのよ。包装紙の薔薇のデザインうんぬんも、さっき彼に植え付けた知識なの」
一気にニコニコ顔へと変わっていった難儀な妹は、
「そーだったんですかぁ」
と明るく梢さんに応え、
「じゃあ、やっぱり『ムダ知識』じゃないです」
と、自分の認識を自分勝手に修正する……!!
× × ×
その後も、なおも、ドギツいコトバでもっておれを苦しめてくる妹。
コトバってモノは時に暴力同然のモノになっちまうんだぞ、おまえもあと少ししたらスポーツ新聞の記者っていうコトバを扱う身分になるんだから、自覚と慎みを……!!
懲らしめたいキモチを否定できず、妹方面にカラダを向け、息を吸い込もうとする。
しかしここで、スマートフォンのバイブレーションの音。
「あ!!!」
ビックリマークが3つくっつく勢いで叫ぶ妹がいた。
前のめりになって、妹の動きを凝視する。
そんなおれに向かって、まるでお年玉を5万円先払いされたかの如き満面のスマイルを呈示してきやがりながら、妹が、
「おねーさんと利比古くん、もうすぐ帰ってくるって!」
と告げてきて、
「おねーさん、兄貴に、『ものすごいプレゼント』をしてくれるみたいだよ~~!!」
と情報を付け足してくる。
『ものすごいプレゼント』……? 愛が、おれに……?
「兄貴ィ」
「なっなんだよっ」
「顔、赤くなってきてるじゃーん♪」
「てっ、てやんでえ」
「ゲゲゲっ、キモ過ぎなリアクション」