年の暮れの日曜夜。風はさほど吹いていない。歩きやすい。
並木道を歩いているのだ。街灯が規則正しく並んでいる。横並びに歩いているわたしとアツマくんを柔らかく包み込んでくれているみたい。
「愛(あい)」
口を開く右隣のアツマくんに、
「なあに」
と応えたら、
「いい店で美味い料理を食わせてくれて、サンキューな」
と感謝された。
うれしい。
流石は、わたしの彼氏。長年のつきあいゆえに、感謝のタイミング、絶妙。
絶妙だから、わたしは立ち止まってみる。
身長180センチ近い彼氏に眼を寄せて、
「どのお料理が、いちばん美味しかった?」
と訊く。
彼氏はほとんど間(ま)を作らず、
「ヴィーナー・シュニッツェル」
と答えてくれる。
さらにうれしくなって、
「わたしも、おんなじ。ヴィーナー・シュニッツェルが、いちばん美味しかった」
と言い、
「以心伝心ね」
と付け加える。
それからわたしは、キレイな冬空を見上げながら、
「『日本でいちばんキチンとしたオーストリア料理を出す店』って評判通りで、良かった」
と言い、
「『ブログの事情』エトセトラで、店名とかの情報は開示できないけど」
と余計に言い足す。
「おまえなーっ」
アツマくんは、すぐに、
「『ブログの事情』とかポンポン言っちまうの、ホントーにどうかと思うぞ?」
とたしなめてきて、
「メタフィクションに安易に流れるのもほどほどにしておかんと、ブログの神様が――」
「なにそれ、おかしい♪」
甘い声で割り込み、甘い笑顔を見せつけていく。
アツマくんの言い回しが可笑(おか)しいのは、もちろんホントだった。
甘い笑い声をこぼしてみる。
こぼされたアツマくんは狼狽(ろうばい)に傾く。
アツマくんが次第に可愛くなっていく。
可愛くなっていくから、彼氏としての魅力が増す。
魅力が増すから、世界でいちばん愛せる。
世界でいちばん愛せるから、『相応(ふさわ)しい』タイミングになり、『絶好の』タイミングになる。
「ねーねーアツマくん、こんな茶番めいたやり取り繰り返してたら、夜中になっちゃうよ」
今冬(こんとう)で最も甘えた声を出してみる。
アツマくんのジャンパーの袖に触れる。背中をさすってあげるように袖をスリスリする。
スリスリしてから、程良(ほどよ)き握力で、手首を握ってみる。
彼の左手首の感覚を十二分に確かめてから、握った右手をそっと離す。
いつもなら、このあとで彼の胸元に飛び込んでいく流れ。
でも、今晩は『いつも』とは『違う』から、彼の両眼に温もりの視線を注いであげるだけにする。
「どーしたよ」
疑問の面持ちのアツマくんは、
「そんなに、意味深に、見つめて……」
するどいのね。
良(い)いカンしてるのね。
いつもよりも意味深なのを感じ取ってるんだ。
――わたしは、そっと、
「やっぱ、以心伝心なんだな。」
と言ってみる。
ハァ!? と言いたげに惑いの色を見せてくる彼。
そんな彼も、丸ごと愛せるから、
「今年は、しくじっちゃったんだけどさ」
と切り出し、
「来年は、しくじらない。2回連続でしくじるようなオンナじゃ無いし、わたし」
「採用試験のコトかよ」
「そーよ」
応えてから、わたしはわたしの右手をぎゅうっ、と握る。
『手応え』を是非とも示したくて、握り締めた。
アツマくんが何か言いたそうだったけど、遮り、
「あのね!」
と大きく高く声を出して、
「わたしが、無事に、来年、採用試験を突破したら!!」
と、高らかに大声を響き渡らせて、それから、
「――あなたに、プロポーズする」
と、最高のキモチを最高に籠めた声で、明瞭に言う。
型通りの絶句がアツマくんにやって来た。
約15秒経過した。絶句は止まなかった。
約1分経過した。絶句は止まなかった。
約5分経過した。絶句の持続。
約10分経過。まだ絶えている声。口は微妙に開(あ)いているけど、コトバは出せない。キモチもカラダも震えっぱなしみたい。
見かねて、
「もしかして、ショック、受け過ぎちゃったりしてる?」
と声掛けしてみる。
カワイイけど弱くうつむいてしまう彼が眼に映る。
だから、
「オンナに二言(にごん)は無いわよ」
と強いコトバをぶつけてみる。
彼は視線を上向かせていくけど、不甲斐無くも顔を逸らし始める。
「……要するに」
ナヨナヨな声で、わたしの最愛のオトコノコは、
「予告……プロポーズ……って、コト、なんだろ」
と言う。
「それ以外の定義が存在するとでも思うの?」
わたしは元気良く応答して、
「おバカねぇ☆」
と忘れずに言い足す。