午後2時台。『リビングC』に入っていく。両手で持っているのはメロンソーダ入りのグラスが2つ乗った丸いお皿。メロンソーダは、ソファに本当に優雅に腰掛けている葉山(はやま)むつみさんの大好物なのだ。
葉山さんの間近に歩み寄り、
「お待たせしました」
と言って、メロンソーダ入りグラスをテーブルに置いてあげる。
葉山さんから見て右斜め前のソファに歩み寄っていき、わたしの分のグラスをテーブルに置いたら、
「あすかちゃん」
と、葉山さんがわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
振り向くと、葉山さんがソファから立ち上がっている。なんでだろう?
「ちょっとこっちに来てよ」
手招き。
訝しみながら、葉山さんの目前へ。
葉山さんがカラダを前に傾けてきた。
わたしの背中に、抱き込まれる感触。
わたしの胸のすぐ上辺(うえあた)りに、葉山さんのオデコの感触……!
「どっどーしちゃったんですかっ葉山さんッ」
初めてだ。こんなのは初めてだ。
葉山さんからの、ここまで濃厚なスキンシップは、経験したコトなんて……!!
「わたしん家(ち)からこのお邸(やしき)までそれなりに遠いから、それなりに疲れちゃったのよぉ」
「……だからって、わたしにカラダを預けるだなんて」
「やわらかいからいいでしょ」
葉山さんの甘い甘い声に、全身がぶるり、となる。
その直後、
「あすかちゃんのカラダも心地良(い)いわぁ」
と甘く甘くホメられてしまうから、なんとも形容できないキモチに……!!
× × ×
メロンソーダを飲み干してグラスをテーブルに置くわたしは、
「葉山さんは、もうちょっと真面目な方がいいと思います」
と意見してみる。
しかし、
「ヤダ」
と即座に言われてしまい、背すじが寒々としてくる。
それから、
「利比古(としひこ)くんはー? 階上(うえ)のお部屋に居たりしないのぉ? もし在室だったら、呼んできてくれたら、素晴らしく楽しくなってくるんだけど☆」
と言い放たれたので、
「利比古くんは、外出中ですっ! 19時を過ぎるまで、帰ってきませんっ!!」
と必死になって答えるけど、
「あららー。わたし、『19時までには帰るね』って両親と約束してるのよー。今日いちばんザンネンだわ~っ」
と満面のニヤニヤ顔で言われるから、とってもツラくなる。
× × ×
「利比古くんには、お馬さんのお話は、まだ早い。……葉山さんも、そう思いませんか?」
「え? 彼、とっくにハタチ過ぎてるでしょ? 『いつか、東京競馬場に彼を連れていきたい』って思ったりもしてるんだけど」
「ははは初耳ッ」
葉山さんは何を考えてるんだろうか。
『彼を連れていく』って、利比古くんと2人きりで東京競馬場に行くつもりってコトでしょ!? そんなの、節操が……!!
「あすかちゃん、ぜーったい思ってるでしょ、『この女性(ヒト)、節操が無さ過ぎる』って」
みぬかれた。
葉山さん、おそろしい。
× × ×
いったん階上(うえ)に上がり、自分の部屋で3回連続で深呼吸してカラダとココロを整えてから、午前中に購入した『週刊競馬ブック』と『週刊Gallop(ギャロップ)』を携えて、『リビングC』に戻っていった。
「偉いわねー。『週刊競馬ブック』と『Gallop』を両方買ったら、結構なお値段するのに」
「必要経費です」
「わぁー、わたしの100倍真面目だーっ」
はしゃいでいる葉山さんに厳しめの視線を送りながら、
「昨日、『朝日杯フューチュリティステークス』が阪神競馬場で行われたワケですが」
「行われたんだけども、諸般の事情で、詳細なレース回顧はできないのよねえ」
「……そうですね。ですから、今日と明日は、今週末の『ホープフルステークス』と『有馬記念』について、詳細にレクチャーをお願いしたいんですけど」
「あすかちゃあん。それは、後回し後回し。明日の火曜日の、オ・タ・ノ・シ・ミ」
!?
そそそそんなっ。
「朝日杯フューチュリティステークスって、その昔は、中山競馬場が舞台だったって知ってる~~?」
「……知らなかったです」
「正直でよろしいわね」
畳み掛ける葉山さんは、
「そんなに仰(の)け反(ぞ)りまくる必要も無いと思うけど☆」
と本当に愉快そうに言うと同時に、右手の親指と人差し指をパチン☆ と弾く仕草を見せつけてくる。
「いっ、いつまで、コースが中山競馬場だったんですか?」
背すじの強張りを覚えつつ訊いたら、
「2013年まで」
という答えが来たから、
「ずいぶん前……わたしまだ小学生」
とコメントしたら、
「わたしは、某・名門女子校の中等部1年で、もちろんのコト、お馬さんの競走に興味関心なんか無かった……ってコトにしておくわ」
と、攻めの姿勢を緩めない葉山さんに言われ、
「あすかちゃんは、小学生だったのよねえ? あすかちゃんは、いったいどんな女子小学生だったの!?」
と、案の定(?)な問いを投げかけれたので、
「――すぐハナシを逸らすんだからっ」
と、せっかく購入したばかりの『週刊競馬ブック』と『週刊Gallop』を、弱々しく、葉山さんのキレイなカラダ目掛けて、投げつける。